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Written in beautiful Northern Shinshu for four seasons. Maxim is good at light touch against the daily themes you've baked, inspirational essays.

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Works

家族で迎えるお正月

家族で迎えるお正月

(8pキャプション)
宮内庁は新年一般参賀を「両陛下が国民から祝賀をお受けになる行事」と説明していますが、今や国民にとどまらず日本のロイヤルファミリーへの関心からか外国人旅行者の皆さんも大勢参加されるようになった毎年恒例の「新年一般参賀」。昨年1月2日は約82、690人が参賀されました。



「穏やかな新春を迎えました。みなさんとともに新しい年を祝えることを誠に喜ばしく思います。本年が国民一人一人にとり、安らかでよい年となるよう願っています。年頭に当たり、わが国と世界の人々の平安を祈ります」
 こうして新年1月2日、皇居・宮殿の長和殿ベランダから天皇陛下がお言葉を述べられると、広場に集まった何万人もの人たちは手に持った日の丸の旗を振って喜びを表します。
 天皇、皇后両陛下、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻ら成年皇族の方々が一堂に会してのこの光景こそ、日本のお正月。「新年一般参賀」という行事としてはもちろんのことですが、まさに天皇家におかれても「家族で迎えるお正月」。日本のお正月の象徴といえます。
   ◆   ◆
 どんなにソーシャルネットワークが築かれようとも、「家族で迎えるお正月」が健在なのは年末年始の帰省ラッシュに現われます。孫と祖父母、それに普段仕事に追われる息子や娘の顔が揃い、仕事始めの前日には新幹線のホームや空港で「楽しかった」と語る笑顔がニュース画面に映ります。天皇ご一家と同じ、家族で迎えるお正月の光景です。
 クリスマスや春節、サンクスギビング、ラマダン明けの祭や犠牲祭など、世界には家族が集まって祝う行事がさまざまありますが、伝わってくるのは安堵の笑顔。家族が集まれることの幸福は、世界中の人が年々強く感じるようになっているのではないでしょうか。
   ◆   ◆
 元気な長寿者が多いことで有名になったイタリア・サルデーニャ島の人たちは、皆、大家族で暮らしており、生きる上で家族より大切なものは無いと言いきります。
彼らは家族のために、山を登り、畑を耕し、作物を育て収穫し、薪を運び、パンをこね、酒を造り、食卓を囲みます。歩き、集い、飲み、食べ、語り合う。その暮しのどこにも「便利」や「簡単」を求める様子がなく、ひとつひとつの行動に家族のためという喜びと感謝があり、それこそが生きる原動力となっていることがわかります。
 なにより、そうした生活そのものが自然に身体の代謝を高め、足腰が鍛えられ、病気をしない身体をつくり、すこやかな心を育んで世界的な長寿村を実現させているのです。
   ◆   ◆
 家族は、長い時を一緒に過ごし、丸裸の自分を知っています。親に似たところ、先祖に似たところ、若い時にやらかしそうなことも、調子に乗っている時の様子も、家族は記憶と伝承を含めてあらゆる場面を知っている。だからこそ心配もするし、喜びもするのです。そこには祈りが生まれ、願いが湧いてきて当然。それこそが無償の愛であり、昨日や今日知り合ったばかりの者同士には生まれない、特別な感情の揺さぶりがあります。
 一年に一度、新年を迎えるという新鮮な気持ちをもつ隣に、あなたをよく知り、愛で結ばれた人がいることこそ、めでたい。本年が家族一人一人にとり、安らかでよい年となりますように。そして世界の人々の上にも、平安がありますように。

健康寿命をのばそう!

健康寿命を決めるのは、
遺伝要因が2割、環境要因が8割と言われます。
つまり、毎日の生活習慣によって誰にでも
健康寿命をのばせる可能性があるというわけです。
さらに今、世界中に約45万人いると言われる
センテナリアン(百歳代)への調査で、
長寿のための食事やライフスタイルも
わかってきました。
さらに、百歳を超えると、
なんとも幸せな気持ちになるという
たくさんの声も世界中から聞こえます。
年の初めに、一年の計。
健康寿命をのばす生活習慣、はじめませんか。
(11pタイトル)
年始特集
健康寿命をのばそう!




(12p)

そもそも「健康寿命」って、どういうことですか?

 平均寿命がどんどん伸びてきた日本。男女平均は83.7歳となりました。でも、いくら長生きと言っても、元気でハツラツとしていなくちゃつまらない。百歳を超えたご長寿さんたちがニコニコ幸せそうにテレビに登場することも多くなり、どうやら年を重ねるに従って元気度は個人差がとてもあるように見受けられます。そう、これから目指すのは、そんなニコニコご長寿さん。ただの寿命年数には表れない「健康寿命」がカギなのです。
 「健康寿命」とは、2000年にWHO(世界保険機関)が提唱した「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」という定義です。医療や介護に頼らず生活出来る期間を伸ばすことこそ、これからの目標です。





寿命を決めるのは、遺伝子の影響か、個人の生活習慣の影響か?

「うちは長寿の家系だから」とか、「早死にの家系」なんて話を聞くことがあります。これは寿命が遺伝子によって決まると思いこんでいる証拠。ホントでしょうか?
 デンマークで、百年間にわたって遺伝子が同じ双子の寿命を調べた結果があります。それによると、遺伝素因は平均で25%、残りの75%は生活習慣や環境素因だったということです。つまり、御先祖様たちが短命だったからといって長寿が叶わないわけではない。日本人の大正時代の平均寿命は女性43才。その時から私たちの遺伝子が変わってしまったわけではありません。環境が変わったので寿命が伸びたこと、実感できますね。自分の今の生活習慣や生活環境を整えることで、誰でも健康長寿を達成することが出来るということなのです。 






「地中海食」それとも「和食」?

地中海沿岸地域では、北欧や米国に比べて心臓病や癌の発生率が低かったことから大規模な調査が始まったのは今から40年前のことでした。その結果、オリーブオイルやナッツ類、塩分が控えられるハーブを上手に使い、全粒のパスタと同時に緑黄色野菜をたっぷり食べ、適度の赤ワインを飲むという「地中海食」は、やはり心筋梗塞、動脈硬化、癌、認知症などを予防する世界一の健康食とされました。
 一方世界一の長寿国として和食も健康食の双璧です。寿命を延ばすと注目される「抗炎症成分」が含まれる大豆(味噌汁)、にんじん、海藻が多くまさに超優秀食。でもオリーブオイルはありません。地中海食か和食か、悩むところですが、人種や性別、住む地域によって身体の中の腸内細菌が異なるために、同じものを食べても結果が違ってくるということも判明しており、自分に合った食事をみつけることが大切のようです。



105歳、現役医師、日野原重明先生の場合

 元気な長寿のお手本といったら、105歳になられた聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生。
先生のお食事を拝見すると・・・
 朝食はオレンジジュースにはオリーブオイルを入れ、ミルクコーヒー、大豆レシチンをまぶしたバナナ。
 昼食は、ミルクとクッキー2個。
 夕食はお茶碗半分のご飯と、たっぷりの野菜、それにヒレ肉か魚料理が加わり、一日1300キロカロリーを保たれているそうです。
 この計算は、先生の基礎代謝が1200キロカロリーということで、残りの100キロカロリーを毎日の頭脳活動と運動に使っていらっしゃるということです。
 なにより大事なのは「腹八分目」で、粗食であること。今の若者は食生活が豊か過ぎるから老化が早いのではないかとおっしゃっています。





「健康寿命」日本一は、山梨県。その理由は?

厚生労働省が都道府県別の健康寿命を公表しています。2015年発表のランキングでは毎回トップクラスに入っている静岡県を抜いて一位は山梨県になりました。
 静岡県は温暖な気候に加え、お茶をよく飲むカテキン効果と言われますが、山梨の場合は?
① 日照時間が長い。甲府盆地は雨が降りにくく、お天気の日が多いから屋外に出て活動的になれるという理由。
② 健康診断の受診率が全国平均よりも高い。つまり、病気が早期に発見されるので、治りが早いという理由。
③ 「無尽」という風習。無尽とは、江戸時代から伝わる、互いの掛け金で金銭を融通し合う金融組織のこと。お金を出し合って旅行や飲み会を楽しむ集まりが盛んなので、元気な高齢者が多いという理由。
どうぞご参考に!




「人とのつながり」が健康寿命を伸ばします


 厚生労働省は、「健康日本21」の中で「健康で長生きするために何をすべきか!」について、最近新しく付け加えた項目があります。
・人とのつながり
・はりあいを持って生きる
・自立した人生を送る
 というものです。
 日本人の長寿の理由を長年にわたって研究されてきた英国の医学者マーモット博士は、なんと食生活や運動などの生活習慣以上に、「人とのつながり」が寿命を伸ばし、孤独が寿命に悪影響を及ぼすとおっしゃっています。人とのつながりは、人生にやりがいや張り合いを持たせ、自分の役割りが出来ます。
 運動機能を維持していくためにも、社会参加や趣味の活動で家族以外の人と交流することは、自然と身体活動量を増やし、食欲や心理面でも良い影響をもたらします。




身体を動かせば老化が遅れる。サルデーニャの男たち。


 イタリアのサルデーニャ島は、長寿の村。ここには世界中から研究者たちが訪れます。統計学者、遺伝学者、医学研究者・・・彼らは島の人が特殊な遺伝子を持っているのでないかとか、パンの発酵に秘密があるのではないかなど、緻密な調査を行います。
 でも、試験管や血液検査のデータを見るより、この島で数日村民と一緒に暮らしてみたほうがわかることがありました。
 それは、パンに秘密があったのではなく、そのパンを焼くために木を切って薪を割り、かまどに運び、一時間も生地をこね、焼き上がったパンを訪ねてきたご近所さんと珈琲と飲みながら楽しく食べ、終わると坂の多い島の道を歩いて自分の畑に行き葡萄の手入れをし、その葡萄で自家製ワインをつくり大家族で団欒。身体を動かす暮しがあったのです。




健康寿命は、気温、体温、温かさがポイント


 沖縄の人が長生きなのは、一年を通して気候が温暖だから。健康寿命トップクラスの静岡県も同じです。寒い地方はそのことでストレスがかかり、血液循環が悪くなって、体温が下がることで内臓機能も低下してしまいます。
 若い人でも低体温が増えているといわれる現代、体温を1℃あげれば免疫力が5倍アップすることをしっかりと頭に入れて生活を整えることが大切です。心臓に癌が出来ないのは、臓器が常に熱いからと言われます。平熱を上げて、内臓が正しく働くようにすれば、健康寿命は安心です。
 血行が良くなると疲労が快復し、胃腸の働きも活発にし、筋肉のコリや神経痛をやわらげてくれます。「冷え」からくるストレスには、この冬くれぐれもご注意を!






自分の欲求を満たす快楽型の満足と、人のために行動する生きがい型の満足では違いがある。


 数年前、米国科学アカデミー発行の機関紙に掲載されたUCLAの共同発表は、サイエンスというよりまるでマザーテレサの教えのようでした。
 それは、私たちが「満足!」と感じる幸福感には二種類あるというものです。
◆快楽型の満足感
物欲や食欲、性欲、娯楽など、自分自身のための一時的な満足を快楽型といい、このタイプの満足感は、ストレスとなって長寿を阻害する身体の慢性炎症を進ませてしまうそうです。
◆生きがい型の満足感
人のために生きる、社会に貢献するなどの生きがい型の満足は、身体の炎症を抑えて健康長寿に直結する遺伝子作用を出すというわけです。





テクテク、カミカミ、ニコニコ、ドキドキ


 2002年の75歳は、十年前の64歳と同じ速度で歩いていたそうです。11歳も若返っているのです。そういえば周囲を見てください。昔の75歳はもっと年をとっていたように感じませんか?
 日本成人病予防協会では、健康寿命を伸ばすコツとして、「テクテク、カミカミ、ニコニコ、ドキドキ」を提唱しています。
◆テクテク
 肥満や動脈硬化を抑え、足腰を鍛えるために歩きましょう。
◆カミカミ
 しっかり噛んでバランスよく食べる。身体づくりの基本です。
◆ニコニコ
 笑えばストレス発散、免疫力アップ。自律神経も安定します。
◆ドキドキ
 いくつになっても生きがいを持つことが大切です。「新しいことを創めることを忘れない限り、人はいつまでも若く生きることができる」(哲学者/マルティン・ウーバーの言葉)

百歳を過ぎると、人生最高の幸せを感じるという「老年的超越」。だからあきらめない。


80~90歳代を境に、豊かな精神世界がやってくるといわれる「老年的超越」。それまでの価値観が変わって、嫌な気分がほとんどなくなり、気持ちが落ち着いて幸福感を感じるという証言がたくさん聞かれます。
 それまでは、昔出来たことが年をとったせいで出来なくなったと嘆き、自信を失ったりしていたものが、90歳を過ぎると、「まだこれが出来る!」と喜びが増えるといいます。
 科学的にも検証されており、身体活動が衰えても、脳のポジティブ活動は上昇し、脳の前帯状皮質という感情を司る部分の変化とのこと。例えば、幸せな写真と悲しい写真を見たとき、幸せな写真のほうだけを記憶するというような結果にも表れます。
 喜びに満ちたセンテナリアン、素敵ですね!

千利休を生んだ堺

環境で人が育つ──茶聖と呼ばれる千利休が生まれたのは、大阪の堺。自由と個性を表現した偉大な芸術家は、いったいどんな環境で育ったのでしょうか。
大阪の堺には、日本一の巨大古墳、仁徳天皇陵である大仙陵古墳を筆頭に、大小百を超える百舌鳥古墳群があります。これが出来たのは3世紀~7世紀と言われますから、もちろん利休にとってもこれら古墳は感性を育む存在のひとつだったことでしょう。
利休が生まれた1522年は大永2年。この前の年に武田信玄が甲斐に生まれています。つまり利休の誕生は戦国時代の真っただ中。甲冑をつけて群雄割拠・・・静かにお茶をたてるイメージとはずいぶんかけ離れているようですが、それが世の中の妙というものです。茶の湯は戦国時代の英雄たちにこそ好まれ、利用されることになったのですから、人生は一筋縄ではいきません。そして縄と言えば、まさに利休の人生こそあざなえる縄のごとしでありました。
◆   ◆   ◆
利休が生まれた頃の堺は、日明貿易の中継地として大変賑わっていました。まさに国際貿易都市。
「堺の町はとても広く、沢山の商人がいます。この町はベニス市と同じように執政官によって治められています」(イエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラ)
「堺は日本の最も富める港であり、国内の金銀の大部分が集まっている」(宣教師ルイス・フロイス=この人は、堺に4年滞在していました)
こうして来日していた宣教師たちは堺を「東洋のベニス」と評したので、当時のヨーロッパでも知れ渡るようになったといいます。
堺の商人たちは、商売の情報も知識もふんだんに学ぶことが出来たことでしょう。豊かな彼らは会合衆と呼ばれ都市の運営を自分たちで行えるようになりました。そうした運営のための密な情報交換に重要なのは、会合衆たちのコミュニケーションの場でした。広場?サロン?カフェ?料亭?公民館?浴場?どんな時代にも、人が集まる場は歴史を動かしてきました。
平安時代に遣唐使によって唐からわたった「健康にいい」という「茶」は、その後、鎌倉時代に栄西という禅僧が普及させていました。さらに、やはり禅の僧である村田珠光が、茶を単なる飲み物ではなく、精神的な交流を大切にする「茶会」という文化に確立していました。堺の商人が集まりに重宝したのは、この茶会だったのです。
 堺で武具を扱っていた豪商・武野紹鴎は、優れた歌人でしたが、同じく芸術としての茶道にも才能を開花させ、村田珠光が参禅した京都の大徳寺の末寺である堺の南宋寺に参禅するようになりました。
 利休はこの南宋寺に通い、紹鴎に師事したのです。次第に大徳寺にも出向くようになりました。
  ◆  ◆  ◆
 自治都市として安定した運営が実現されている豊かな堺に目をつけたのは織田信長でした。堺には鍛冶屋もいて鉄砲が生産出来たということも魅力だったでしょう。信長は武力をもって堺を直轄地としました。そして鉄砲と並んで大変興味を持ったのが茶の湯でした。この時、利休を茶頭として重用したのです。利休四十六歳の時でした。信長は、家臣にも茶の湯をすすめ、秀吉も茶会に招かれていました。まさしく、茶会は情報交換、コミュニケーションの場であり、戦国時代の権力者たちに大いに活用される場となったのです。
 利休は出陣する武士たちに茶を建てました。死ぬ気でのぞむ戦の前に、一期一会の一服の茶。静かなもてなしのひとときとなりました。

Portfolio

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    はいまるバッジの普及におけるコピー

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Specialty

Copywriting,Ad Writing,Article / Column,Speech Writing,Essay,Script Writing,Editing

Career

And Zen, Analects of Confucius, and domestic and international biography 20 years continued writing and is the author of ten books about. Senior Magazine Editor in Chief and community through the production of Northern Shinshu moved.

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