Text Works
サンプルシナリオ1(女性向けシチュエーションボイス)
「ル・レーヴ 夢のようなひとときを」
【登場人物】
佐藤
(佐藤春樹・さとうはるき)
20歳。美容院「ル・レーヴ」(フランス語で夢という意味)スタッフ。
穏やかで優しい性格。どちらかというと内気なタイプ。丁寧な接客が好評。端整な顔立ちのためで、お客様から陰で「夢の王子様」と呼ばれている。
ヒロイン(聴き手)を担当したことは一度もないが、店内で見かけたことはある。妹に似ているなと思って、ヒロインのことをよく覚えていた。
ヒロイン(聴き手)
(セリフ録音なし)
女子高生。
恋をしてから女の子らしく見せたくて、髪を伸ばそうと思って美容院にあまり行っていなかった。今の髪の長さは鎖骨に届くくらい。初デートの前夜に前髪の長さが気になり、早起きして美容院に来た。
彼氏は同じクラスの男子。美容院のスタッフ(姉御肌の店長)に恋愛相談したこともあった。そのため、今回無事成就したスタッフに報告をしようと思っていた。
【台本】3.62KB
SE ドアベルの音
佐藤「いらっしゃいませ」
//「いらっしゃいませ」は事務的な感じではなく、キャラの優しい性格がにじみ出るような感じでお願いします。美容院に入店した人がホッとするような感じです。
佐藤「お名前は……かしこまりました。今日はどうなさいますか?」
//ヒロインが「前髪のカットです」と答える。
佐藤「前髪のカットですね。指名は……」
//ヒロインが「いつも担当してくれるスタッフがいいです」と答える。
佐藤「はい、いつもと同じ方……店長ですね」
佐藤「(少し困った感じで)申し訳ございません。店長は本日休暇を取っていまして……担当は僕、佐藤春樹で構いませんか?」
//「自分で本当にいいのだろうか」とやや不安げな気持ちをのぞかせる言い方でお願いします。
//ヒロインが「はい、構わないです」と答える。
佐藤「ありがとうございます。それではこちらの席におかけください」
SE チェアがきしむ小さな音
//あまり低い大きな音だととヒロインの体重があることになってしまうので、極控えめな軽い音でお願いします。
//ヒロインが緊張しながら、「予約しないで来てすみません」と言う。
佐藤「いえ、予約せずに来ても構わないですよ。ヘアスタイルは、思い立ったときが変え時です。また来てくださってうれしいです」
//申し訳なさそうに言うヒロインに、全然そんなことはないとにこやかに微笑んで答えるような感じでお願いします。
//ヒロインが「前髪が授業中に気になって」と言う。本当はデートのためだけど、まだ打ち解けていないので言い出せません。
佐藤「だいぶ伸びていますね。そうですか、授業中も気になっていたんですか。この長さなら黒板も見にくかったでしょう」
//お客様の緊張をほぐすかのように、優しくおっとりとした感じでお願いします。聞き上手なスタッフという感じの口調でお願いします。
//ヒロインが慌てて「あまり切らないでください!」と言う。
佐藤「(微笑む)かしこまりました。あまり短くならないようにカットいたしますね。目元にかかるか、かかわらない程度に切ります」
//ヒロインが慌てて言うので、かわいいと思って思わず微笑んだという感じでお願いします。
SE はさみを動かす音を少し間を空けて数回
佐藤「このくらいの長さでいかがでしょうか」
//ヒロインが「この長さでいいです」と答える。
佐藤「かしこまりました。顔にかかった髪をブラシで払うので少々お待ちください」
佐藤「今日はどこかにお出かけですか?」
//ヒロインが「実はデートなんです」と答える。
佐藤「ああ、これからデートなんですか」
BGM 穏やかで優しい音楽
佐藤「晴れてよかったですね。デート日和だ。前髪をカットしたから、お相手の顔がしっかり見えますよ(穏やかに笑う)……あ、少々お待ちください」
SE メイク道具を取り出す音
BGM 先ほどの音楽よりアップテンポでポップスのようなメロディ(女性ボーカル入りの音楽でも構わないです)
佐藤「ちょっと動かないでください」
佐藤「今日の白いワンピースには、このチェリーピンクのリップがお似合いですよ」
佐藤「うん、ますますかわいくなった」
//お客様にではなく好きな女の子に言うような感じでお願いします。
佐藤「楽しいデートになるといいですね」
//ヒロインが「すごく緊張しています」と言う。
佐藤「緊張なさっているんですね。お相手の方も同じ気持ちでいますよ、きっと」
佐藤「お客様、当店の名前「ル・レーヴ」の意味をご存じですか?」
//ヒロインが「わからないです」と答える。
佐藤「ル・レーヴはフランス語で夢という意味です」
佐藤「店長がお客様に夢のようなひとときを過ごしてもらいたいと願ってつけたのですが、実はもうひとつの願いが込められています」
佐藤「このお店を出たお客様が一日楽しく過ごして、夜に幸せな夢を見られますようにという願いです」
佐藤「僕もこうしてお客様と話していると緊張します。でも、一日の終わりにベッドに入る頃には「今日という日を過ごせて良かった」と感じます。充実感・・・・・・というのかな」
佐藤「リラックスしてくださいなんて言えばよけいドキドキしてしまうだろうから、僕は言いません」
佐藤「今夜はステキな夢が見られますよ。今日が幸せな思い出になりますように。お客さま、お気をつけていってらっしゃいませ」
//ラストの台詞は、親しみを込めて。
【終】
サンプルシナリオ2(女性向けシチュエーションボイス)
「いち、に、さんでキスしよう」
【登場人物】
先輩
18歳。高校三年生。
落ち着いていて穏やかな男子。誰にでも優しい態度、学業良し、運動もできるという万能タイプのため、高校入学時からモテていた。
でも、「恋愛はまだよくわからない」と思って避けていた。
しかし、今年の春に入学してきたヒロインを見て一目惚れ。さりげなく近づきアプローチ、告白して恋人関係になる。
(ヒロインは自分たちは自然な形で結ばれたと思っている)
ヒロインに対して余裕を見せるけれど、実はいっっぱいいっぱい。ふたりでいるときは結構ドキドキしている。
自分が先に卒業するので、誰かがヒロインに近づかないか今から心配している。
※台本では名前は出てきません。
ヒロイン(聴き手)
(セリフの収録はありません)
高校一年生。おっとりとした感じの女の子。
【あらすじ】
今日は彼氏でもある先輩の卒業式。
先輩が卒業するから悲しいと話すあなた。そんなあなたに前向きに話す先輩。
でも、誰かがあなたにアプローチするのが気がかりな先輩。大丈夫だと答えるあなた。気をつけると約束する。
桜の下で誓いのファーストキスをするふたり。
【台本】2.15KB
BGM 穏やかなメロディフェードイン
先輩「桜、あと数日で散ってしまうね」
先輩「今日は元気ないね。もしかして……僕が先に卒業するのが悲しいの?」
//うなずくヒロイン。
先輩「……やっぱり、そうか。ああ、あと二年、生まれるのが遅かったら、きみと同い年だったのになあ」
先輩「同い年だったら、きみともっと早く出会えたかもしれないね。こうやって……」
//抱きしめる動作の効果音
先輩「(耳元に囁くように)ぎゅう……って、きみを何度も抱きしめることができただろうな」
先輩「ごめんね、遠くの大学に行くことになって。夢を叶えたいんだ。」
//「先輩と同じ大学を目指します」と答えるヒロイン。
先輩「……え、僕と同じ大学に行きたいの? だめだよ。きみも自分の夢に向かって走るんだ。それに、距離が離れても、僕らの仲はそう簡単に壊れやしないよ」
先輩「大丈夫。きみも僕みたいに夢が見つかるよ。いろんな場所に行って、いろんな人に会って、いろんなことをするんだ。そうすれば、心に引っかかるものがあるはずだから。ああ、「いろんな人に会う」のはいいけれど、素敵な男性には気をつけてね」
先輩「わからないの? 僕のようにきみの魅力に参っちゃう男が現れないか心配しているんだよ。きみって、ちょっぴり抜けているところがあるからなあ。気づいたらアプローチされていたってことにならないようにね。約束だよ。うん、それじゃあ、誓いの……」
BGM ロマンチックなメロディ(ヴァイオリンかピアノのメロディでお願いします)
//指切りだと思って小指を出すヒロイン。
先輩「指切りげんまんじゃないよ。目を閉じて。いち、に、さん」
SE リップ音
先輩「(囁く)初めてキスしちゃったね。(吹き出す)顔、真っ赤だよ。」
//「先輩もですよ」と答えるヒロイン。
先輩「(戸惑う)え、僕も赤くなっている? まあ、そりゃあ、僕も初めてのキスだったからね。これ、すごくドキドキするね。唇が熱くて痺れちゃう……ねえ、もう一回しよう。今度はもっと激しいの」(「もっと」に力を込めて囁くように言ってください)
//恥ずかしがって首を振るヒロイン。
先輩「え、いや……? それじゃあ……大人のキスは、僕たちが大人になるときにしようか。違うよ、二十歳になったらという意味じゃないよ。身体が大人になるときだよ。(笑い出す)そんなに慌てないでよ。すぐには手を出さないから。ファーストキスだってこんなに時間をかけたんだ。きみがその気になるまで待っているよ。その日まで……」
SE リップ音
先輩「(囁く)このささやかなキスで我慢して……あ、げ、る」
【終】
サンプル文章(ショートショート)
「眠り姫に乾杯」
恋を見届けるのが僕の仕事だ。いままでも、これからも。それなのに――。
肩を寄せ合う男女の客を見送りながら、僕はある人を思い出していた。
数週間前、このバー「サマーレイン」を訪れた女性だ。
ネイビーの地味なビジネススーツを身にまとい、あどけない顔立ちをしていたから、まだ酒の味をよく知らぬ年頃だろう。昼は学生で夜は雇われバーテンダーの僕とそう年は変わらないはずだ。
彼女は男性に連れられてきた。男は「先輩」と呼ばれていたが、軟派な感じがして彼女よりも幼く見えた。ああいう男は、何も知らない女に教え込むのが生き甲斐のようなものだ。
男は彼女に「ここはカクテルが人気なんだ」といっていた。僕の知る限り、彼がこの店を訪れたことはない。雑誌かネットで知った「大人の世界」に彼女を連れ込みたかったのかもしれない。
霧雨が降る街を描いた壁一面の絵。地下に佇むこのバーの名物だ。
眺めていた彼女は、ちいさな声で「綺麗」とつぶやいていた。連れの男がいなければ、僕は絵についてのあらゆる話を彼女に語っていただろう。
タンブラーを取ると、グラスタオルで丹念に拭いた。手を動かしていないと彼女を思い出してしまう。
いまバーには僕しかいない。このカウンターから多くの人を見送った僕でさえ、沈黙に耐えきれぬときがある。原因はわかっていた。
あの夜犯した行為が、僕を苦しめている。
ドアが開いた。タンブラーを置いて顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
黒いワンピースを着たひとりの女性が立っていた。
「あの……私のこと、覚えていますか」
黒水晶を思わせる深い色の瞳。肩まで伸ばした染まっていないまっすぐな髪。落ち着いた声。忘れるわけはない。あの女性だ。
「はい。先日はありがとうございます。コンタクトレンズにしたのですね」
変身はそれだけではなかった。あのときはうすい化粧をしていたのに、いまはルージュがひときわ濃くなっている。
内面から滲み出ていた美が花開いて、まばゆかった。
あのあと何かあったのだろうか。淫らなイメージが浮かんだが頭から追い出した。客の夜の姿を想像するなんていままでの僕にはなかった。
彼女にカウンター席をすすめた。スツールに座ろうとすると、彼女がつけいていたパールのイヤリングがゆれて光を放つ。
「この前のカクテルが飲みたくて。またお願いできますか」
……あれをもういちど作るのか。
動揺を悟られまいと、口元をゆるめて笑顔をつくった。
「かしこまりました。『眠り姫』ですね」
冷蔵庫からオレンジ、パイナップルジュースを取り出した。背面に並ぶボトルに手を伸ばしたが、取るのはやめた。逃げるのはやめよう。
絞ったオレンジとパイナップルジュース、氷をシェーカーに入れた。トップをのせ左胸に構える。目を伏せて一定のリズムで振った。
あの夜、彼女が席を立っている間に男からオーダーが入った。
「あの子にきついカクテルを飲ませてくれないか。頼むよ」
うなずいたが、僕は従わなかった。
一滴のアルコールも含まれていない『眠り姫』をつくった。気づかれぬよう、棚から使わないテキーラやリキュールの瓶まで並べて。男は彼女との話に夢中だったからカクテルの配分までは見ていなかった。
酔った勢いで抱き合う。男女の仲ならそんなこともあるだろう。
わかっていたが、彼女が不憫でならなかった。酒が何たるかを知らず飲まされて重い経験をしてほしくはなかった。酒を利用するなとか、この店で口説くなとかそんな理由ではない。
僕は、彼女にいらぬ感情を抱いている。この気持ちは時とともにうすれていくはずだった。
しかし、僕の心に彼女は住み着いていた。
「お待たせしました。『眠り姫』です」
彼女は礼をいうとカクテルを口に含んだ。グラスを置くとちいさく息を吐く。
「あの人のこと、ちょっといいなって思っていました。でも、何もなくて……」
「さようでございましたか」
安堵したが、余計なことをしたのかもしれない。
あの日見た彼女のまなざし。語り合うだけで満たされている少女の顔だった。僕があのカクテルを出さなければ、彼女はきっと……。
「いつの間にか彼は離れていって。悲しいけれど安心しているんです。……これって、変ですか」
「そんなことございませんよ」
彼女の漆黒の瞳を見つめ返した。
「心はひとつの言葉では言い表せません。簡単に名づければ形を失う感情はたくさんあります。僕もいろいろ思うことはありますよ」
まだ酒を飲んでいないのに彼女は頬を赤らめた。誤魔化すように彼女はカクテルを一気に飲んだ。グラスを少しこちらに押す。
「酔わせてください。今夜こそ」
もしかして彼女は――。
「危険な言葉ですね。僕以外の男にいってはいけませんよ」
「もちろんです」
こちらに向けた笑みは、女の顔だった。
そんな表情もできるのか。一夜しか会ったことがないならまだ何もわからないか。それでも僕は彼女に溺れている。
シェーカーを振る僕を彼女が見守る。
手のなかの酒にあふれる想いを込めたい。今宵のカクテルで、彼女が僕に心奪われますように。
サンプルシナリオ3(ボイスドラマ)
「王子様、あらわる!」
【登場人物】
■柏木一郎(32)漫画家。
■柏木あかり(29)一郎の妻。
■駅員(25)
■若王子ハル(19)あかりの空想から作られた王子様。
■担当(27)一郎の漫画が掲載されている雑誌『月刊ピース』の編集者。
【台本】
SE 人のざわめき
一郎「ごめんな、あかり。実家まで送ってやれなくて」
あかり「ううん、気にしないで。あなたには締め切りがあるんだから。原稿は落とせないでしょ」
SE 列車発車のベル
駅員(マイク)「間もなく函館行きが発車します」
あかり「それじゃあね。私、がんばる。元気な赤ちゃん産むからね」
一郎「おお。あまり気合入れるなよ。お義父さんとお義母さんによろしく」
あかり「あ、そうだ」
一郎「何だ?」
あかり「寝室の押し入れにある段ボール箱。絶対開けないでね」
一郎「お、おお。わかった」
SE ドアが閉まる音
SE 列車が走る音
一郎(語り)「俺とあかりは結婚して五年が経つ。漫画家という不安定な職業にも関わらず、あかりはずっとついてきてくれた。妻の支えがあって初めての連載漫画は順調だった」
一郎(独白)「しばらくは俺ひとりでがんばらないとな。もうすぐ父親になるんだから」
一郎(語り)「そんな幸せな日々を送る俺に、忘れられない出来事が起こった」
SE 足音
一郎(独白)「ん、マンションの前に誰か座っている。知らない男だなあ」
ハル「あ、あの! 『月刊ピース』で連載している柏木一郎先生ですか?」
一郎「ああ、そうだけど……きみは?」
ハル「初めまして。僕、若王子ハルって言います! 柏木先生の原稿のお手伝いに来ました」
一郎(独白)「そういえば、アシスタントをお願いしたって担当さんが言っていたなあ」
一郎「そうか、よろしく」
ハル「よろしくお願いします! 僕のことは『ハル』って呼んでください」
一郎(独白)「……なんていうか、爽やかでキラキラした子だなあ。髪はきれいにセットされているし、個性的ではないけれど清潔感のある服装。手足が長くて頭は小さい。少女漫画の世界から飛び出してきたような男の子だなあ。こういう子って一般人でもいるのか」
一郎「それじゃあハルくん、早速原稿に取り掛かろう」
ハル「はい!」
SE 原稿をめくる音
一郎「それじゃあ、この原稿にスクリーントーンを張ってね。指示に書いてある番号のトーンを張るんだよ。トーンには角度があるから間違えないようにね。焦らなくて大丈夫だから」
ハル「はい」
一郎(独白)「アシスタントがいると助かるかなあ。しかも素直そうな子だから良かった、良かった」
ハル「できました!」
一郎「え、はや!? おお、ちゃんとできている!」
ハル「次の仕事は何ですか? 僕、背景も描けますよ」
一郎「そ、そうか。それなら、ここのビルを描いてくれ」
ハル「はい!」
SE ペンが早く動く音
一郎(独白)「は、早すぎて、ペンが見えない!?」
ハル「(息を吐く)できました。こんな感じでいかがでしょう」
一郎「完璧だ! 線が細くて描写が細かい。パースも狂っていない」
一郎(独白)「何、この子!?」
一郎「すごいよ、ハルくん! それじゃあ、ここの料理の絵もお願い!」
ハル「お任せください!」
SE ペンが早く動く音
SE 電話が鳴る音
SE 電話を取る音
一郎「はい、もしもし。ああ、担当さん? ちょっと今日来たアシスタントの子すごいよ! どこから連れてきた……」
担当(電話)「柏木先生。アシスタントの件ですが、お願いしていた子が急病で先生のお宅に行けなくなったと電話があったんですよ。他に空いている子がいなくて……」
一郎「え!?」
一郎(独白)「じゃあ、この子誰!? なんでうちに来たの!?」
SE 電話を置く音
ハル「先生、絵が描けました。どうですか?」
一郎「あ、ああ……」
一郎(独白)「誰かわからないけれど、すごく助かるからいいか」
一郎「よし、この調子で頼むぞ。ハルくん!」
ハル「はい!」
一郎「(大きく伸びをする)やったあ、終わったあ! 原稿ができたぞ!」
ハル「お疲れ様です!」
一郎「ハルくんのおかげだよ。アシスタント代、弾むからな」
ハル「僕、お金なんていらないです。代わりに欲しいものがあるんです」
一郎「何だよ。まさか俺のサインか?」
ハル「近いけれど違います」
一郎「それじゃあ、何だ?」
ハル「僕とあかりちゃんの物語を描いてください!」
一郎「え、あかり? 物語?」
ハル「僕は、あなたの奥さんのあかりちゃんの物語から生まれた王子です!」
一郎「はあ!? 何言っているんだよ!」
ハル「あかりちゃんは子供の頃、漫画を描いていました」
一郎「あかりが……? そんな話聞いたことないぞ」
ハル「やっぱり知らないですよね。あかりちゃんは漫画を誰にも見せたことはないから……。内気な女の子『あかり』が、絵が大好きな王子様のためにいろんな漫画を描くっていうストーリーなんです。小学校から帰ってきたら、ノートに鉛筆で描いていたんですよ。毎日のように……。でもある日突然描かなくなったんです」
一郎「どうして描かなくなったんだ?」
ハル「小学校で、お友達の似顔絵を描く授業があったんです。そのとき、担任の先生から『漫画みたいな絵は描いちゃダメ』って注意されたんです」
一郎(驚いて息をのむ)
ハル「でも僕が消えなかったっていうことは、あかりちゃんの心の中にまだ僕がいるんです! あかりちゃんは終わらない物語を胸にしまっているんです。お願いです。先生の手で漫画にしてください」
一郎「そう言われても……あかりのお話を勝手に俺が描くのはおかしいだろ。どんな終わらせ方をするかは、作者自身がしないと。それが創作ってものだ」
ハル「そうですか……。(小声で泣きじゃくりながら)消える前にあかりちゃんとのお話終わらせたかったなあ……」
一郎「消えるって何だよ。あかりがおまえのことを忘れなければ、消えないんじゃないのか?」
ハル「いえ、そうじゃないんです。詳しくは言えないけれど、僕はもうじき消えるんです。消えたらあかりちゃんは完全に僕のことを忘れるかもしれない(鼻をすすりながら)あかりちゃん、引っ越すときはいっつも段ボール箱にしまってノートを運んでくれたのになあ」
一郎「段ボール箱……?」
あかり(回想シーン)「寝室の押し入れにある段ボール箱。絶対開けないでね」
一郎「もしかして!? ハルくん、まだ諦めるな!」
SE 押し入れの戸をあける音
一郎「あかり、ごめん!」
SE 段ボール箱を開ける音
ハル「あった。あかりちゃんのノートだ! これも! これも!」
一郎「こんなにたくさん……」
ハル「見てください。これが、あかりちゃんが初めて描いた僕の漫画です」
一郎「(吹き出す)こけしみたいだなあ」
ハル「でもね、このこけしみたいなのが……」
SE ノートをめくる音
ハル「ほら!」
一郎「へえ、どんどん上手くなっていく。何十年経っても取っておくなんて、よっぽど大切なものなんだな。……ん、なんだこのノート。他のより新しい」
SE ノートをめくる音
一郎「字ばっかりだ。この日付。あかりが中学生のときのか。あ、『ハルとあかりの物語』って書いてあるぞ!」
ハル「ええ! あの柏木先生、読んでくれませんか? 僕、難しい字が読めないんです」
一郎「おお、わかった」
BGM オルゴールの音色
一郎「『字が読めないハルにも、愛情たっぷりのお話を聞かせてあげる。言葉がわからなくても、ペンで描けば想いは伝わるよ。ハルの心の中にいろんなお話の種を蒔くよ。お話の花が咲いたら私に教えて。この世界を優しく包む素敵な物語を聞かせてね』」
ハル「あかりちゃん……ちゃんと物語作ったんだね……」
SE マジックペンを動かす音
一郎「ほら、小説には挿絵がいるだろ」
ハル「ありがとうございます! 僕、愛されているんだ……」
一郎「ああ、そうだよ」
ハル「僕、生まれてきて良かったんだ……生きてきて良かった……」
一郎「おい、ハルくん。身体が透けているぞ」
ハル「ああ、もう時間が来たんだ。僕、消えちゃう……」
一郎「そんな、まだあかりに会っていないだろ!」
ハル「願いが叶ったからいいんです。それにまだ、『さよなら』じゃない。また会えるから」
一郎「え……」
ハル「柏木先生もいろんな物語を描いてください」
BGM フェードアウト
一郎「おい、ハルくん! ……消えた……」
一郎(語り)「こんな話を人にしても『仕事の疲れで夢を見たんじゃないのか?』と笑われるだろう。だから、誰にも話していない。でも俺は夢じゃないって思うんだ。なぜなら――」
BGM 穏やかな曲が流れる
赤ん坊の笑い声
SE 漫画雑誌をめくる音
あかり「もう、ハルったら、また漫画雑誌読んでいる。ほっぺたにインクの汚れがついちゃうよ」
一郎「漫画家の子供って漫画好きなんだなあ。遺伝かな」
あかり「まだ字が読めないはずなのにね。この子ね、あなたが連載を持っている『月刊ピース』が好きなのよ。しかも6月号がお気に入りなの」
一郎「ああ、背景が好評だったやつね」
あかり「そうそう。私が里帰りしていた頃にあなたが頑張って描いたときの。いっつも頬ずりしているのよ」
一郎「ほら、ハル。おいで」
赤ん坊の声
一郎「お父ちゃんがお話を聞かせてあげるからな」
あかり「ねえ、今日は私がハルにお話聞かせていい? 実はね子供の頃、物語を考えていたことがあるの」
一郎「そうなのか。俺も聞きたい!」
赤ん坊の笑い声
あかり「もうそんなに期待しないで。えっと、ある国に王子様がいました。王子様は字が読めないけれど、絵を描くのが大好きで……」
ハル(回想シーン)「僕、愛されているんだ……。僕、生まれてきて良かったんだ……生きてきて良かった……」
一郎(独白)「そうだよ、ハル。誰だって生まれてきていいんだ。お話の世界の子も、現実の世界の子も。みんな、みんな」