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Industory

Self-Introduction

I am writing a fantasy short story that people nurture and embrace. It is not a different world, rising from reality, the fantasy evoked by the soul. Also, its fantasy is demonstrated in the field of fairy tales, and children in the story are healed and saved by fantasy from real difficulties and sufferings (it is salvation for that child, sociable It is not necessarily a happy ending). Apart from that fantasy, I also write fantasy novels and SF novels. Also, I am doing reading stories by original fairy tales.

  • Creator ID:23937
  • Gender:Male
  • Age:private
  • Career:5year(s)
  • Area:Japan
  • Last Login:More than 3 months ago

Works

銀ドロトラム

 晩春と初夏の間頃、この街は白く覆われる。
 季節外れの雪、というわけではない。
 銀ドロの木の綿毛が大量に舞い散り降り積もるからだ。
 銀ドロとは、葉裏が銀色に輝いているように見える木のことで、花が散ったあとの綿毛の中には種子があり、風に乗って何百キロも移動することがあるという。
 街を歩く人々のほとんどはマスクをし、していない人はしきりにクシャミをしていた。
 花粉とは別物だけど、迷惑をこうむる人はたくさん居る。
 でも、わたしはこの時期は嫌いじゃない。
 白い綿毛が舞い散るさまは、まるで雪国のように幻想的だから。
 今日もわたしはスケッチブックを小脇に抱え、綿毛の舞う街に出向いていた。
 トラムの停留所にたたずみ、白く塗り潰された街をじっと眺める。
 欠如を補うために想像力は活性化するというけれど、わたしが期待しているのはまさにそれだった。
 普段見慣れた街並みが、綿毛に埋もれたこの時期には別の顔を覗かせる。
 わたしの筆はノリ、存在しない街並みを描き出すのだ。
 
 チンチン♪
 可愛らしい警笛を鳴り響かせて、トラム(路面電車)が綿毛を掻き分けて現れた。
 小さなトラムはわたしの居る停留所に横付けされる。
 扉が開き乗り込むと、進行方向を向いた二人がけのクロスシートは綿毛から逃れた人々によっていっぱいだ。
 それでも最後尾にちょうどワンボックス分空いていて、そこへお尻を滑り込ませた。
 トラムはチンチンと鐘を鳴らしながらゆっくり進み始める。
 綿毛を掻き分け掻き分け、なだらかな斜面をのぼりゆく。
 窓の外は相変わらず非現実的に真っ白で、時折ちらちらと現実が瞬いていた。
 わたしは早速スケッチブックを開き、濃い色の鉛筆を動かす。
 この白い世界の向こう側に隠された風景を静かにとらえてゆく。
 のそのそと坂をのぼり切ると、停留所に停まった。
 ドアが開き、白い綿毛が舞い込んで来る。
 続いて、細身の神経質そうな目付きの男性が乗り込んで来た。
 男性は車内に視線を走らせると、わたしの隣に空いた席に目を留める。
 ゆっくりと落ち着いた足取りでわたしの隣まで来て、小さく頭を下げてから腰をかけた。
 トラムが動き出し、わたしはまたスケッチブックに集中して――ふと鼻息を感じた。
 隣を向けば先ほどの男性の顔が間近にある。
 思わず身をのけ反らせると、「失礼」とぼそっと謝り姿勢を正した。
 絵がお上手ですね。
 しかしそのスケッチブックに描かれていた街並みはこの街のものと少し違うような。
 は、はい。わたしがこの白い世界に想像を反映させたものです。
 なるほど、それはあなたの頭の中にある街なのですね。
 そう言い終わると少し上を向いて……測量しないと、とつぶやく。
 測量?
 あっ、はい。私は測量士でして。今日もこの先の区画へ測量に出向くのです。
 でも、何も持たれていませんね。
 計測の機材はどうしたのだろうと疑問に思う。
 私は測量に道具は使いません。
 この二本の足で歩き、歩数で距離と位置関係を導き出しているのです。
 とくに銀ドロの綿毛が舞うこの季節は、目測は困難となりますからね。
 それに……。
 それに?
 人の目に隠された街は変容を始めるのです。
 測量士と言いましたが、ある意味監視官と言えるのかもしれません。
 私は街が勝手に変わってしまわないように、測量することで見張っているのです。
 街と言うものは常に人の目を盗んで変わろうとします。
 今日のような環境ほど活発に。
 だから私のような測量士が必要なのですよ。
 だって昨日まで近かったコンビニが、ある日をさかいに遠くなったら嫌ですよね?
 たとえるなら時計に似ているかもしれません。
 時計盤を見つめている時、時計は時刻を厳守しますが、目を離すと早くなります。
 そのように街も変化を求めているのです。
 チンチン♪
 トラムが次の停留所に着いたようだ。
 男性は席から立ち上がると、「では」と会釈をして降りて行った。
 わたしは窓の外の景色に目を向ける。
 この綿毛の向こう側では、街が人知れずうごめこうとたくらんでいるのだろうか。
 それはそれで面白いかもしれない。
 わたしは変わり行く街を想像してまた絵を描き始めた。

 チンチン♪
 トラムが停留所に停まり、肌の浅黒い青年が乗り込んで来る。
 ところがその人はもたもたとして、座るよりも先にトラムが動き出した。
 するとまるで車内を泳ぐようにこちらへふわふわと歩いて来る。
 そして吸い込まれるようにわたしの隣の席に腰をすえた。
 ふぅ、なかなかアイツを見つけられないな……。
 人捜しでもしていたのだろうか。
 と思ったら、わたしのひざを乗り越えて窓ガラスに身を乗り出し張り付いた。
 違う、アレではない。アレでもない。
 くそっ、今日はいつになく魚影を多く見られるというのにアイツは姿を現わさないのか!
 とそこで、困っているわたしの存在にようやく気づく。
 ああ、失礼。今日の「海」はいつになく賑やかなので興奮してしまったようだ。
 海……ですか?
 うむ、俺はこの銀ドロの綿毛に白く染まった景色をそう呼んでいるんだ。
 銀ドロの白い綿毛が魚影をくっきりと映し出してくれるからな。
 その光景はさながら海のようなんだよ。
 魚影と聞いてますます困惑するわたしに、青年は小さく笑った。
 信じられないのも無理はないか。
 俺とてこの街を訪れるまでは信じがたかった。
 魚影の気配自体は昔から感じていたんだ。
 けれど周囲の視線もあって、気のせいと思い込んでいた。
 ところがたまたまこの時期にこの街へやって来た時、白い綿毛のスクリーンに映し出される魚影をはっきりと認識出来たんだよ。
 そんなことありえるのだろうか?
 わたしは半信半疑ながらも青年の話に惹きつけられていた。
 そして俺はアイツと出会った。
 ひときわ大きな魚影を持つアイツに!
 その魚影は他とは違い、銀色に瞬いているんだ。
 そう、風に揺れる銀ドロの葉のようにね。
 きっとアイツこそ魚影の王なんだろう。
 そこでまた小さく笑う。
 別にアイツをどうこうしようとは思っていない。
 いや、そもそもどうこう出来る存在ではないと思う。
 だが俺はアイツに魅了されちまったんだ。
 そう、理屈ではないんだよ。理屈では。
 まるで最後の言葉は自分に言い聞かせているようだった。
 そうこうしている内に次の停留所に近づいてゆく。
 するとトラムが止まらない内から青年は立ち上がり、また泳ぐようにふわふわと前方へと歩いて行った。
 停車したトラムから降りて歩き去る青年の背中を追っていると……、何か大きな魚のひれのような影がひるがえった気がした。
 
 チンチン♪
 トラムはゆく。白い世界を。
 わたしにも魚影が見えないものかと、頑張って窓の外を眺めたけれど見つけることは出来なかった。
 その代わりに白いスケッチブックに魚影が描き込まれる。
 またトラムが停留所に停まった。
 次に乗り込んで来たのは年配の太った女性だった。
 ところが手に何かを持っていて、その足もとには一匹の犬が居た。
 ……ううん、違う。
 犬と思ったのは人形だった。しかも女性が手に持つ糸に繋がれたマリオネットだ。
 女性の手が動くと、犬の人形は身震いをして綿毛をまき散らした。
 大変でちたねぇピノコちゃん。
 綿毛だらけでやんなっちゃうわ。
 女性は犬の操り人形をとっとことっとこと歩かせながらこっちに来る。
 そしてわたしの隣へと大きなお尻をねじ込んだ。
 犬の人形は女性のひざで丸まっている。
 それはまるで本物の犬のようだ。
 わたしが人形をうかがっていることに気づいた女性は、大丈夫よと言って来た。
 この子はおとなしいから噛みつきやしないわ。
 そういう問題じゃないけれど……。
 女性は犬の人形の体をなでながら言葉を続ける。
 けれど、この綿毛がなかったら、ピノコちゃんは生まれてなかったのよね。
 いえ、生まれていたとしても命まで得られなかったわ。
 ピノコちゃんの中にはね、銀ドロの綿毛がたくさん詰まっているの。
 こんなに街を覆い尽くすほどのエネルギーに満ちた綿毛ならきっと、命を宿せると確信していたわ。
 ただ、お散歩には降りしきる綿毛はちょっと邪魔だけど。
 でも、綺麗で新鮮な綿毛がいっぱい手に入るから全部悪いとは言えないのよね。
 ふとわたしに、この人形の皮は本物の犬の毛皮ではないかという妄想が沸き起こる。
 愛犬を亡くし、悲しみに暮れる女性に降った天恵。
 この綿毛を使えば愛犬はよみがえると考えて……。
 チンチン♪
 はっと我に返ると、トラムが停留所に停まった。
 女性はお先にと言って、犬のマリオネット人形をとっとこ歩かせながらトラムを出て行った。

 トラムの外はあいかわらず真っ白だ。
 代わりに、わたしのスケッチブックは陰影をくっきりさせてゆく。
 トラムが停留所に停まると、今度は白衣の男性が乗り込んで来た。
 頬がこけ、眼鏡をかけたその男性はわたしの隣に腰かける。
 すると白衣の内側から取り出した小さな顕微鏡をひざの上に置き、何やら覗き込み始めた。
 しばらくじっとしていたかと思うと、居ないとつぶやいて顔を上げ、ため息をつく。
 何が居ないのですか?
 興味を持ったわたしは思わず疑問を口にしてしまった。
 わたしの方を向いた男性は一瞬けげんそうな顔をして、「ケサランパサランだ」と答えた。
 聞いたことがある。
 白い綿毛のような生き物で、おしろいを餌にするとか。
 そして幸せをもたらしてくれるという。
 でもそれは架空の存在のはずだ。
 居るんだよ。
 男性はわたしの心を読んだかのようにつぶやく。
 子どもの頃、私はケサランパサランと出会ったことがある。
 その当時は貧困にあえいで、勉学すらまともに出来てなかった。
 親の借金を減らすため、鉄くず拾いやどぶさらいなど、なんでもやった。
 そんな折り、ケサランパサランを偶然捕まえことが出来たんだ。
 それ以来、生活が好転し出した。
 親の借金も消え、私も勉学に励めるようになった。
 けれどいつしか捕まえたケサランパサランは失せてしまった……。
 男性は遠い眼差しでトラムの天井を見つめる。
 私は、私の受けた恩恵を他の不幸せな人たちにも与えてあげたいと思うようになった。
 だからケサランパサランの研究者となったんだ。
 けれどケサランパサランを見つけることは困難だった。
 そこで考えたんだ。
 昆虫などは擬態するものも居る。
 もしかするとケサランパサランもまた擬態しているのではないかと。
 例えば雪とか。
 この街の銀ドロの綿毛……とかね。
 そう思い、綿毛を顕微鏡で調べ回っているのだよ。
 チンチン♪
 トラムが停留所に停まると、男性は顕微鏡を白衣の内側にしまって出て行った。
 きっとまた綿毛を採取して研究するのだろう。
 わたしは窓の外に目を向ける。
 もしこの銀ドロの綿毛すべてがケサランパサランだったら……。
 きっと街中……ううん、国中が幸せになってもおつりが来るに違いない。
 わたしの描く街は楽しげなタッチへと変わっていった。

 チンチン♪
 トラムはゆく。
 銀ドロの綿毛におおわれた街を突き進む。
 この綿毛によって幻想をかき立てられるのはわたしだけではないらしい。
 様々な人がこの綿毛に別のものを映し出している。
 いつしかトラムの乗客はわたしだけになっていた。
 わたしは思う存分、スケッチブックに想像上の街を描き出す。
 もうトラムの前半分、運転席は白く溶け消えていた。
 トラムの前方に見えるのはわたしがスケッチブックに描いた街並みだ。
 トラムはわたしの思い描いた街をゆっくりゆっくり走っていた。
 その中には、わたしの街を測量している細身の男性が居た。
 彼は正確無比な歩幅で、街をはかり、記録してゆく。
 わたしの街が確定されてゆく。
 その隣を、魚影を追いかける浅黒い肌の青年が横切って行った。
 その様はまるで魚とたわむれる少年のようだ。
 ひときわ大きな魚影が頭上を通り過ぎると、青年は歓声を上げた。
 その様子をうるさそうに見つめている年配の女性が居た。
 手には糸で繋がれたマリオネットの犬が居る。
 犬は青年を追いかけようとするが、女性はそれを制止し、なだめていた。
 その前を、白衣の男性が虫取り網を振り回しながら駆けてゆく。
 網の中は白い綿毛でいっぱいのようだった。
 果たしてそこにケサランパサランは居るのだろうか。
 ……そして、そして、家族と連れ立って楽しそうに歩くわたしも居た。
 わたしたちは家族は、あちらこちらで見かけることが出来た。
 ケーキの箱を大事そうに持っているわたしが居た。
 大きなぬいぐるみをかかえているわたしも居た。
 赤いカーネーションの花束の香りを嗅いでいるわたしも居た。
 それぞれのわたしは家族とのひと時を幸せそうに過ごしていた。
 白い銀ドロの綿毛におおわれた景色が涙ににじむ。
 ああ、どうか、どうか、銀ドロの綿毛よ晴れないでおくれ。
 わたしの夢を理想を幻想を映し続けておくれ。
 もう現実に戻りたくなかった。
 わたしの乗るトラムに終着駅はない。
 永遠に延々と、銀ドロの降り積もる道路にわだちを刻み続けるのだ。

銀世界

一、降臨

 辺り一面、雪原が広がる銀世界。

 町の目覚めを告げる尖塔の鐘が、鳴らなかった朝のことだった。
 そう、春彦くんの予言書通りに、町に世界そのものが降り積もったのだ。
 家の二階の窓から外に這い出し、周囲を見渡せば、そこかしこで、雪が不自然に盛り上がっている。
 屋根や電柱だろうか?
 とにかく現実世界は雪に埋もれてしまった。
 その代わり、真新しい世界があらわになっている。
 春彦くんの予言が確かならば、現実は冬眠に入り、真新しい世界が取って代わって、この世に君臨するのだ。
 だけどぼくはあわてない。
 現実を揺り起こすすべも、春彦くんの予言書に書かれていたから。
 そしてその救いを実行する者こそ、春彦くんから予言書を託されたぼくにほかならない。
 ぼくは救世主として、凍てついた世界を打ち砕かなければならなかった。
 一度二階の窓から自室に戻ると、準備していたリュックを背負って、再び雪を踏みしめた。
 リュックには予言書も入っている。
 ほかには、携帯食やペットボトル、チョコレートなどがあった。
 あとは指示通りに、お父さんのトンカチも入れてある。
 リュックを背負い直すと、足跡ひとつ無い銀世界へと一歩踏み出した。

二、親友

 春彦くんは四月にやって来た転校生だ。
 肌が雪のように白く、体も細い。
 自己紹介でも、体が弱いと言ってたし、事実体育の授業は必ず休んでいた。
 だけど春彦くんは、そんな自分を悲観していなかった。
 今の自分は雪をかぶっているようなもの。
 雪どけが訪れれば、名前の通り閉ざされていた人生に春がやって来るのだと信じていた。
 春彦くんは勉強が出来たわけじゃないけど、頭は良かった。
 だから体が弱くても上手く立ち回り、いじめられることなくクラスに溶け込んでいた。
 でもぼくは知っている。
 春彦くんは、本当は孤独を愛していることを。
 時折窓から外を眺める眼差しが、ぼくと一緒だったからだ。
 なので、ぼくは春彦くんに近づいた。
 春彦くんと交流を持ちたいと思った。
 孤独は、孤独に惹かれるものなのだ。
 彼が内に秘めた孤独な世界を見たかったのである。
 そこに、同じ孤独をかかえていても、ぼくが持つ不安をぬぐい去るような希望を見出したかった。
 親しくなると、春彦くんはほかのクラスメイトには見せない顔をぼくに見せてくれた。
 春彦くんは、自分のことを予言者と呼んだ。
 とは言うものの、未来を見るわけじゃない。
 世界に危機が訪れた時の対処法を知り得るのだ。
 その危機が今まさに、文字通り降り掛かって来たのである。

三、試練

 白い世界をひたすら歩いていた。
 存在するのは、新雪と蒼く凍てついた空のみ。
 新しい世界と言っても何があるわけではなかった。
 こうして耳が痛くなるほど静かで真っ白な世界をえんえんと歩いていると、気がおかしくなりそうだ。
 肌を刺す冷気も、正気に保ってくれそうにない。
 頭の中にまで白い世界が侵食し、精神が凍りついてゆく。
 このままぼくは思考を停止し、歩く姿のまま氷の彫像となってしまうのか……。
 それもいいかもしれない。
 ふいにそんな思いが沸き起こって来た。
 思考を失った先にあるのは真の孤独だろう。
 誰にも、自分自身さえにもわずらわされることが無くなるのだ。
 このまま無になりさえすれば……。
 そんな時、ふと春彦くんの顔が思い浮かぶ。
 もし、意識が白く塗りつぶされそうな時は、大声を上げてぼくの名前を叫ぶといい。
 そうだ、ここで意識を失うわけには行かない。
 ぼくが居なくなると、誰が春彦くんの予言を実行出来るというのだ。
 まだ残っている意識を振り絞り、声を張り上げた。
 叫んだ春彦くんの名は、凍てついた大気を震わせ、白い世界にノイズをもたらす。
 そのわずかなノイズに意識を向けて、なんとか正気を取り戻した。
 それからどれだけ叫び続けたことだろう。
 足は止めず、前へと進んでもいる。
 喉が乾けば水を口にし、声を張り上げ名前を叫び続けた。
 やがて白い世界にふっと影が差した。
 叫ぶのを止めると、寒風が吹きつけて雪が舞いおどる。
 これが第二の試練だ。
 春彦くんの予言書には三つの試練が記されていた。
 それは銀世界の防衛システムであり、ぼくという不純物を排除するための、敵意である。
 辺りはすっかり吹雪いていた。
 でも吹きつける雪はぼくの体をすり抜けている。
 まぼろしの雪だ。
 まぼろしの雪がぼくの周囲を閉ざしていた。
 それでもぼくは歩みを止めない。
 止めたら負けだ。
 けれど周りには、雪だけでない何かがうごめいていた。
 予言書の通りだとするとそれは……。
 うぉぉぉぉんと、遠吠えが響き渡った。
 カゲオオカミである。
 ぼくの周囲を取り囲む彼らもまたまぼろしだった。
 まぼろしではあるけれど、うなり、にらみつけ、何度も飛びかかって来る。
 オオカミは体をすり抜けるだけだけど、もし少しでもひるんだら、まぼろしのはずの爪と牙はたちまち本物となってぼくを切り裂くのだ。
 カゲオオカミの対処法は、強い意志を持ち続けることのみ。
 なのに絶え間ない凶暴ないかくに、ぼくの心はすり減り折れそうになっていた。
 このままでは本当に死んでしまう……。
 するとまた、春彦くんの顔が思い出される。
 ぼくは今独りだ。
 でも本当の孤独ではない。
 ぼくには春彦くんという心強い同志が居る。
 この場に居なくても春彦くんの存在はぼくの支えであった。
 吹雪におおわれた前方を見すえる。
 その見えない先では、確かに春彦くんの存在を感じとっていた。
 春彦くんに見守られながら、また一歩一歩着実に足を進める。
 しばらくすると、カゲオオカミたちの気配が遠のき始めた。
 吹雪が止んだ頃には、何事もなかったかのように、真っ白な雪と蒼く凍てついた空が広がっている。
 いや、はるか前方に何かが建っていた。
 塔だ。
 いつも町の朝を告げる、鐘を吊り下げた尖塔がたたずんでいた。
 あれこそ、ぼくが目指していた場所であり、世界を救うための鍵だった。
 疲れていた足に力がみなぎって来て、駆け足気味に尖塔を目指す。
 ところがだ。
 いくら進んでも、尖塔は近づいて来なかった。
 そればかりか、まっすぐ歩いているはずなのに、尖塔は横へ横へとずれてゆくのである。
 そこで、はっと春彦くんの顔を思い出した。
 これこそ第三の試練ではないかと。
 この雪原には、砂漠のように蜃気楼が発生する。
 今見えている尖塔は、ぼくをまどわすためのまぼろしであり、本物がある方角ではないのだ。
 すると、まぼろしだと見破ったからなのか、地平線に複数の尖塔が生じた。
 あの中に本物はある。
 でもいったいどれが……。
 その時また春彦くんの顔が頭をよぎった。
 予言書にはこう記されていたはすだ。
 本物の尖塔には常に雪が降りしきっていると。
 それは銀世界が、尖塔をおおい隠そうとしているからである。
 地平線に目をこらすと、複数の内ひとつの尖塔が、チラチラとまたたいていた。
 それは雪が降っているからに違いない。
 ぼくは確信すると、その尖塔を目指して進んで行った。
 やがて、雪が降りかかっている尖塔のもとにたどり着く。
 尖塔は、金色の鐘のぶら下がった上部だけ残して、雪に埋まっていた。
 それでも雪にいどむように、尖った屋根の先端を、凍てついた蒼い空に向けていた。
 ぼくは雪の小山をはい上がり、鐘に近づく。
 そしてリュックからトンカチを取り出した。
 このトンカチを使って鐘を打ち鳴らす。
 そうすれば、ぼくたちの世界が目覚め、すべてが元通りになるのである。
 ぼくは足場を確保すると、トンカチを振り上げた。
 これで世界が救われると確信した時。
 突風が吹きつけ、思わず腕で両目をおおう。
 次に視界を開いた時、目の前に春彦くんがたたずんでいた。

四、目覚め

 春彦くん!
 ぼくは春彦くんの名前を叫ぶ。
 春彦くんはおだやかにほほえむと、静かに手を差し出した。
 さぁ、トンカチを貸して。
 最後の仕上げはぼくがしてあげるよ。
 おいしいとこをうばうようだけど、ぼくだって世界のために何かしたいんだ……。
 だけどぼくはトンカチを渡すそぶりも見せなかった。
 どうしたの?
 予言をしたのはぼくだよ?
 ぼくにも花を持たせてよ。
 ……君は春彦くんではない。
 春彦くんはこう言ったんだ。
 世界は君にしか救えないって。
 それは……君に自信を持たせるためさ。
 本当はぼくだって世界を救いたい。
 だから、トンカチを……。
 違う。
 春彦くんはもう、元の世界にも、この銀世界にも居ないんだ!
 ぼくはトンカチを振り上げ――、金色の鐘目がけて振り下ろした。
 ゴォォォォォン!!
 その瞬間、偽物の春彦くんはかき消え、銀世界が震える。
 震えは尖塔も揺らし、ぼくはあわてて雪山から滑り降りた。
 そして見上げると……かぶった雪を振り払いながら、尖塔が空を目指して伸び始めているところだった。
 そればかりではない。
 雪が盛り上がっていたあちこちからも、にょきにょきと細い尖塔が姿を現したのだ。
 すべての尖塔は、蒼く凍てついた空を目指して伸びていた。
 そして鐘のある尖塔が天を貫いた時、凍てついた空にひび割れが生じる。
 続けてほかの尖塔も天に先端を突き立てると、空には無数の亀裂が走り、ついにはばりばりばりと雷が落ちたような音を立てて砕けてしまった。
 蒼い破片が銀世界を切り裂きながら降りそそぐ。
 ぼくは雪の陰に避難し、頭をかかえてやり過ごした。
 音が止み、顔を上げると、そこは尖塔の立つ町の広場だった。
 あれほどの雪はまばらにしかなく、鈍色のアスファルトや赤茶けた土や深緑の植え込みがあらわになっている。
 世界は元に戻った。
 けれど、もうこの世界に春彦くんは居ない。
 春彦くんはぼくの手の届かない遠い世界へと旅立ってしまったのだ。
 でも、また孤独に戻ったとは思わなかった。
 ぼくの中には春彦くんの残した春のひだまりが、おだやかに息づいている。
 何より託された予言書がある限り、ぼくから未来への希望が失われることはないだろう。

夢見子どもたちの夏


 夏休みに入って間もなく、ウナバラミライは失恋をした。
 相手は兄の親友であるダテシンヤだ。
 昔から兄を通じて親交があったが、それがいつしか恋心に変わってからまだ一・二年も経っていなかった。
 シンヤは、子どもっぽい兄とは対照的に、落ち着き、まだ小学生なのにどこか大人びた雰囲気を持っている。
 それが表情にもにじみ出ているから、ミライが恋に落ちない方が不思議なのかもしれない。
 そのひとつしか歳が変わらないのにどこか背伸びした告白にやぶれ、十一才のミライは失意のどん底にまで落とされた。
 落ちて沈んで泣いて泣いて泣き尽くし、涙が枯れた時にふとどん底から見上げた頭上の月は美しかった。
 それからミライは憑かれたように夜空ばかり眺めるようになった。
 昼間は布団に入って出て来ない。
 けれど夜になると這い出し、ベランダから月を見上げるのだ。
 ミライの両親も、兄であるワタルも、ミライの様子を心配していた。
 いったい妹に何があったのか。
 聞き出そうとも思うが、今はそっとしとくべきかもしれない。
 ワタルは問いただして力になってあげたいところを我慢し、妹を見守ることにした。
 その内、落ち着いたらまた前のように笑顔を見せてくれるようになる。
 それを信じて、ただただ明るく声をかけることだけはかかさなかった。


 登校日。
 ワタルは普段の通学と同じように、ダテシンヤとコンドウタモツと落ち合って学校に向かっていた。
 だがいつものように明るい挨拶をしてくれたものの、どこか元気がなく、上の空なワタルの様子に二人は気づいていた。
 タモツはお腹でも痛いのかなと自分の立派に太ったお腹をなでながら考えた。
 暑い日が続くからアイスクリームでも食べ過ぎたのかと。
 そう言えば最近、飼っているハムスターも食欲が落ちている。
 犬のマローも、猫のチャキも、インコのコジロウも暑さにバテていた。
 ぼくはまったく食欲が落ちないのになぁ。
 ……いや、昨日はおかわりを三杯までしかしなかった。
 ぼくもそんなんだから、きっとワタルちゃんも夏バテしたんだな。
 と、うんうん一人で納得している隣で、シンヤはあれが原因かなと考えていた。
 ワタルの妹のミライから告白され振ったことかと。
 けれどワタルはそのことについて何も言って来ない。
 ミライちゃんの性格から考えて失恋を報告するのは考えられないし……。
 三人ともそれぞれ何かしら思いにふけって歩いていると、「あっ」と突然声を上げ、ワタルが立ち止まった。
「どうしたの?」
 タモツが心配そうにたずねる。
 お腹が痛いのかと続けようとした。
「こんなところに、"塔"なんてあったんだ」
 ワタルの目線は上を向いていた。
 つられて二人もワタルの視線の先に目を向ける。
 確かにそこには塔があった。
 塔と言ってもそんなに高くはない。
 古びた平屋の屋根の向こうから先端を覗かせているだけだ。
「なんだ、知らなかったのか?」
 シンヤがあきれたように言った。
「この塔は俺たちが生まれる前からあったってのに」
「へー、そんな昔からあったんだ」
 ワタルは感心したように言う。
「はは、ワタルちゃんは前向きな性格だからねぇ。上を向いて歩くことなんかないからだよ」
「ふん、言い得て妙だな」
 シンヤが肩をすくめた。
「すげぇな……、遊び尽くしたと思っていたこの町に、まだこんなワクワクするものがあったなんて」
 その声にはさっきよりも元気がみなぎっていた。
 ワタルの目はキラキラと輝き、塔の先端を見続けている。
「なぁ、この塔ってあれに見えないか?」
 ワタルは楽しそうに両手を広げる。
「あれってなんだい?」
 タモツとシンヤが首を傾げた。
「あれって、あれさ。ほら――」
 とその時だった。
 ふいに玄関の引き戸が開いたかと思うと、一人の老人が顔を出した。
 老人の顔は真っ白なヒゲにおおわれていて、頭には帽子をかぶっている。
「なんだ、人の家の前でゴチャゴチャと。学校に遅れても知らんぞ」
 老人は不機嫌そうに言い捨てたあと、すぐ顔を引っ込めようとする。
「船長!」
 と、突然ワタルが老人を呼び止めた。
 老人はいぶかしげな顔になり、
「なぜ、私が船長なのだね」
 と、鋭くにらみつける。
「す、すみません!」
 とあやまったのはシンヤだ。
「こいつ、礼儀がなってなくて」
「別にバカにしたわけじゃねーよ」
 ワタルが唇を尖らせる。
「あの帽子ってほら、船長がかぶっているもんだろ?」
 確かに老人のかぶる帽子は、船の制帽に似ていた。
「ふふふ、私のことを船長と呼ぶか。面白い小僧だ」
 老人はおかしそうにアゴヒゲを絞った。
「それに、あの塔って、ろ――」
「すみませんでした!」
 シンヤがワタルの頭を押さえつけて下げさせる。
「な、なんだよぉ」
「バカ、いつまでも失礼だろ。行くぞ」
 そう言うと、もう一度老人に一礼して、ワタルの背中を押す。
「二人とも待ってよ~」
 と、タモツもあとに続いた。
 それを、老人はアゴヒゲを絞りながら面白そうに見守っている。
「もしやあの少年が言いかけてたのは……」
 そうつぶやいて空を見上げると、老人の表情がかげった。
「空が騒がしいな……。何かが起こりそうな予感がするわい」
 老人の言葉を表すように、黒い雲が空をおおい始めていた。


 昼にはどしゃぶりになっていた。
 傘の無いワタルとシンヤは走って家路につく。
 タモツだけは走るのがイヤなので、のんびり帰ると言ってひとり軒下を歩いていた。
 そんなタモツが雨止まないかなぁと空を見上げた時だった。
 黒雲すれすれの下を何かの影が飛んでいるのが見えた。
 なんだろうと目をしかめて見ると、
「ま、まさか……、あれは……そんな……そんなことって……!」
 軒下から飛び出し、ぬれるのもお構いなしに、タモツは驚きの表情で空を眺め続けていた。
 シンヤと別れたワタルは家の前まで来ていた。
 ふと登校日を休んだミライのことが気になって、自宅のベランダを見る。
 するとミライがそこにいて、ぼんやりと、雨に濡れながら空を眺めていた。
 自宅の前まで来たワタルがミライに声をかける。
 するとミライはうつろげな目でワタルの方を向いて、
「呼んでる……」
 とつぶやくように言った。
「えっ? なんだって?」
 ワタルが大声で聞き返すが、ミライはそっぽを向いて部屋に戻ってしまった。
 しばらく濡れてたたずんでいたワタルは、表情を沈めると、トボトボと家の中に入って行った。
 
 雨は、夜になっても止む気配はなかった。
 ワタルは、おぼんに乗せた夕食をミライの部屋まで持って行くと、声をかける。
 ところが中から返事がないため、仕方なくドアの前に置こうとした時、「キャアッ!」と部屋の中から悲鳴が聞こえた。
「ミライ?」
 ワタルが妹に呼びかけると、中からガラスの割れる音がする。
 ドアに耳を押し当てると、何やら騒がしげな物音が聞こえた。
 ワタルはあわててドアノブを掴む。
 小学生には鍵は早いという親の方針で施錠されていなかったドアはすんなりと開いたが――。
「!?」
 部屋の中は強風が吹き荒れたように物が散乱していた。
 そしてミライは、一人の男によってベランダに連れ去られようとしているところだった。
「ミライ!」
 ワタルが床を蹴ってミライのもとへ駆けつけようとして、前方に現れた鋭く大きな目に射すくめられる。
 それは人のソレではなかった。
 ベランダの向こうから、どう形容しようとも、架空の生物であるはずのドラゴンが覗き込んでいたのだ。
 ドラゴンが首を下げると、派手なマントを羽織った男がワタルに向かってニヤリと笑い、ミライを小脇にかかえたまま、その首にまたがった。
「み、ミライを返せ!」
 だが、足がすくんで動かない。
 バカヤロウ足! 妹が連れ去られようとしているんだぞ! こんな時に動かなくてどうするんだ!
 太ももを叩いてカツを入れると足の金縛りが解け、ワタルはドラゴンに突進する。
 しかしドラゴンはコウモリのような大きな翼をはばたかせると、ベランダから空へと飛び立ってしまった。
「ミライ――ッ!」
「お兄ちゃんッ!」
 ベランダに出たワタルは、そこでまた目を見開くことになる。
 家の上空では黒雲が大きく渦を巻いていた。
 その中心から穴が開き始め、開き切ったその向こう側には巨大な惑星が存在していたのだ。
 どう考えても月ではない。
 月よりも近くに別の天体がある。
 いや、むしろ月がその天体に置き換わっていた。
 ワタルはふと思う。
 ミライが見上げていたものはこれではなかったのかと。
 ミライを乗せたドラゴンは、その惑星に吸い寄せられるように消えて行き、黒雲の渦が閉じると、あとには小雨が降り注ぐだけだった。

 それから警察が呼ばれ、両親は訳も分からず娘が行方知れずになり動揺していた。
 ワタルは自分が見たことは誰にも言わなかった。
 言ったところで信じて貰えないと思ったのだ。
 どうしようどうしようと必死に頭をめぐらす。
 その時インターホンのチャイムが鳴った。
 警察の応対をしている両親に代わり、ワタルが玄関に行く。
 ドアを開けるとそこにはあの老人が、船長がいた。
「イマジンが現れたようだな」
 「えっ?」と、突然の言葉にワタルは戸惑う。
「あのドラゴンのような存在のことだよ」
「せんちょ……おじいさんも見たのですか!?」
 老人は静かにうなずいた。
「空が騒がしいことも知っていた。空からイマジンたちの気配が濃厚になっておったからな。だがしかしこんな強硬手段に出るとは思いも寄らなかった」
「奴らはいったいなんなんです! イマジンって何!」
「落ち着け」
 今にも掴みかかりそうなワタルをなだめる。
「とりあえず私の家に来なさい。あと、頼れそうな子どもも呼び出しておくのだ」
「頼れそう? 今朝の友だちたちのことですか?」
「君がそう思うのならその子たちなのだろう。夢見人は別の夢見人を引き寄せる。イマジンに対抗できる手段を持っているやもしれんからな」
 そう言い終えると、老人は背を向け、傘を差して歩き出した。
 ワタルには分からないことが多過ぎたが、この老人に頼るほかなく、急いでシンヤとタモツに連絡を入れた。

 老人の家の前で二人と落ち合う。
 電話では大まかに自分の見たことを伝えといたものの、シンヤは信じられない顔をしていた。
 しかしタモツは、
「やっぱりドラゴンはいたんだね!」
 と、興奮を抑えられない様子だ。
「やっぱり?」
 タモツの言葉にワタルとシンヤがいぶかしげな表情となる。
「うん、ぼくは昼間見たんだ。雨雲の真下を飛ぶドラゴンの姿を」
「それじゃあ、本当にドラゴンなんて生物が現実に……」
 シンヤは信じられない面持ちだった。
「ドラゴンだけじゃない。月よりも近い天体があの雲の上にある」
「でも、なんでそんなことに。どうしてミライちゃんがさらわれなきゃいけないんだ?」
 三人とも腕を組んで考え込んでしまった。
「あの天体は……、きっとミライという子が視たものが具現化したのだろう」
 いつの間にか老人が玄関のところに立っていた。
「入りなさい。君たちが夢見能力者かどうか試してみよう」
「夢見……能力者?」
 ワタルたちは顔を見合わせて小首を傾げた。

 老人の家の中を通り抜けると、中庭に出た。
 雑草が生いしげる中、その中心に塔が建ち、ワタルたちを見下ろしている。
「君……、ワタルくんだったか。君はこの塔を別の物に見立てていたね」
「は、はい。これはあれかと思ったのですが、思い過ごしでしょうか?」
「もっと自分が感じたことに自信を持ちたまえ。これが別のものに視えたならそれを貫き通すのだ」
 老人は右手を上げて塔を指し示す。
「さぁ、君にはこれが何に視えるんだい!」
「これは……これは……」
 塔を見つめるワタルの目がキラキラと輝き出した。
「僕には視えた! これは……、流線型で、後方より質量を勢いよく噴出して進むもの……、そう、ロケットだ。宇宙を駆け抜けるロケットにほかならない!」
 するとどうだろう。
 ワタルの声に応えるように、塔の表面に無数のひびが入り――それがいっせいに砕け散るとシンヤとタモツは驚きの声を上げた。
 そこに建っていたのは古びた塔などではなかった。
 ワタルが言ったようにロケットが悠然とたたずんでいたのだ。
 シンヤとタモツ、そして自分で視たはずなのにワタルもあっ気に取られていた。
「これが夢見の能力だ。対象を自分が視たものに置き換えることが出来る。ワタルくん、君の妹さんもおそらく、月を置き換え、イマジンたちの星を呼び起こしてしまったんだ」
「信じられない……と言いたいけど、目の前でこれを見せられたらなぁ」
 シンヤは困ったように頭をぽりぽりとかいた。
「だったらその惑星にはドラゴンもいるんだね!」
 タモツはいつになく興奮気味に空を見上げる。
「妹さんを助けに行くか行かないかは君たちしだいだ。さて、どうするかね……」
 その言葉にワタルが一歩踏み出す。
「僕は行く。こいつに乗ってミライを取り戻してみせる!」
「ぼくも行くよ! ミライちゃんも助けたいし、ドラゴンも間近で見てみたい」
 タモツも一歩進み出る。
「う~ん……」
 悩んでいるのはシンヤだ。
「おじいさん」
 シンヤが老人に目を向ける。
「どうしてミライちゃんは惑星なんか視たのでしょう」
 老人はアゴヒゲを絞りながらうなずく。
「異界を視る能力者は、たいてい現実から目をそむけることが多い。彼女に何かそうさせる出来事があったのだろう」
 その言葉がシンヤの胸に刺さり、顔をしかめる。
 ということは俺のせいじゃないか。
 これは助けに行くしかないな……。
「俺も……行くぜ」
 三人は顔を見合わせてうなずき合った。
「では三人の勇者たちよ、囚われの姫君を助け出しに行くのだ!」
 その言葉に背中を押されて、ワタルたちは宇宙船の前に立つ。
 すると自動的に船体の表面の一画が押し出され、ロケットに乗り込むためのハシゴとなった。
 ワタルたちが乗り込むと中は思いのほか狭く、ワタルが操縦席に座り、シンヤとタモツはその後ろの座席に腰をかけるといっぱいいっぱいだ。
 ワタルはまるで何十年もそうして来たように、手慣れた感じでスイッチを入れていく。
 すると全面のモニターが外の様子を映し出した。
 老人はしみじみとした目でこちらを見つめている。
「シンヤ! タモツ! シートベルトをしっかり締めろよ!」
「まっ、待って! ベルトがお腹につっかえて……」
「何をしてんだ」
 シンヤは強引にタモツのシートベルトを締めてやる。
 タモツは苦しそうに座席に身を沈めた。
「よし、発射五秒前!」
 ワタルは気持ちをたかぶらせながらカウントダウンを始める。
「四、三、二、一……」
 ドンッ!
 一瞬、激しく揺れたものの、普通のロケットのように煙を吹き出すことなく、静かに空へと飛び立った。
 座席に押しつけられるような重力も感じない。
 三人を乗せたロケットはあっという間に黒雲を突き抜け、大気圏にまで飛び出した。
 そこでモニターに映し出されたものに、三人は思わず声を失う。
 目の前に惑星が浮かんでいたのだ、
 緑とピンクの色合いが美しいが、どこかおもちゃめいたものを感じさせなくもない。
 ワタルの操縦で、ロケットはその惑星に進路を変えた。
「どこに降りるの?」
 タモツは苦しそうにたずねる。
「とりあえずどこかの平原へ……」
「いや……」
 シンヤの言葉をさえぎり、ワタルはモニターを指さした。
「あの城に突っ込む!」
「えええ――!」
 後ろで二人が驚きの声を上げる。
「ミライちゃんをさらわれてとち狂ったのか!」
 シンヤが抗議の声も上げるが、それも「いや」とワタルは否定した。
「敵に準備をさせないためだ。こんなものが地上に降りたらも僕たちの侵入なんて丸分かりだ。なら、準備が整う前に突入する」
 それを聞いたシンヤとタモツは顔を見合わせた。
「ワタルちゃん、ほ、本気かな?」
「……だろうな。普段脳天気なくせして、こんな時にする決断は的確なんだよな……。もうワタルに任せよう」
「ありがとう、シンヤ」
 ロケットは、平原に建つ、二本の尖塔を持った城に船首を向けた。
 そして一気に加速する。
 豆粒みたいな衛兵が右往左往している様子がすぐに拡大され、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した場所へロケットは突っ込んでいった。


 ロケットが激しく振動し、三人は揺さぶられる。
 一瞬乱れたモニターが正常に戻ると、砂埃が立ち込め、それが晴れると長い廊下だということが分かった。
 ワタルたちはシートベルトを外し、傾いた操縦席から這い出す。
「ふぁ~、死ぬかと思ったぁ……」
 タモツは汗をかきながらもそもそと廊下に降り立つ。
「死ぬのはこれからかもよ……」
 軽い身のこなしで降り立ったシンヤは、前方を見すえて言った。
 ワタルたちの前方に、武器を構えた衛兵たちが集まって来ていたのだ。
「ワタル、準備されてなくてもやばいんじゃないか?」
「それでもいずれ対峙しなくちゃいけない相手さ」
 ワタルがそばに落ちていた剣を拾い上げる。
 それを見たシンヤは「やめとけ」と止めた。
「それは装飾用のレプリカだ。そんな剣じゃ受け止めることさえ出来やしねーよ」
「でも……」
 焦り始めているワタルから目をそらし、何か武器はとシンヤが視線を這わせる。
 とそこへあるものが目に留まった。
「こ、これは……」
 シンヤがそれを拾い上げる。
「シンヤちゃん、それってただのつぶれて曲がった鉄パイプ……」
 ロケットが突入した衝撃で部品でももげたのただろうか。
 シンヤは手に持ったそれをじっくりと眺める。
「シンヤ! のんきにしている場合じゃないぞ!」
 ワタルの声に、シンヤは鉄パイプを一振りし、その先端を迫り来る衛兵たちに向けた。
「俺には視えた……」
 そう言う瞳がキラキラと輝いている。
「これは長年に渡って鍛え上げられた名刀だ。見た目は無骨だが、その切れ味は類を見ない」
 すると鉄パイプの表面にヒビが入り、パリーンと砕けたかと思いきや、中から黒光りする刀身が現れた。
「まさか! 夢見能力!?」
「ワタル、タモツ、お前たちはミライちゃんを探しに行け。ここは俺が引き受けた」
「でも……」
「行け!」
 ワタルはさらに言葉を続けようとしたが、唇を噛みしめるとうなずいた。
「シンヤ、ミライと一緒に帰るぞ」
「ああ」
 シンヤが刀を前方に構える。
 ワタルたちの遠のく足音を聞きながら、シンヤは不敵に笑っていた。
 ああ、初めて全力で戦えそうだ。
 シンヤは何にでも長けていた。
 勉強もスポーツも、そしてもっとものめり込んでいた武道さえも。
 敵もなく、有り余った才能を腐らせる毎日。
 それを今、躊躇なく解き放つことが出来る。
 衛兵の一人が先陣を切り、シンヤに斬りかかって来た。
 そのひと太刀を半身を引いてかわすと、そのまますれ違うように刀の柄尻を衛兵の腹に打ち込む。
 衛兵はうめき声を上げてその場に崩れ落ちた。
 ワタルの言ってたこともあながち間違っていねぇな。
 奇襲を受けて、衛兵たちも完璧に武装出来てねぇ。
「ガキが舐めるな!」
 今度は二人して突っ込んで来る。
 シンヤは一人目の剣を刀で受け流し、二人目の剣が振り下ろされる前に刀のみねを打ち込む。
 二人目が頭から倒れ込んだところで体を背後に向き直しつつ刀身を上げ、さっきの一人目が体勢を整える前に刀を振り下ろして打ちすえた。
「さぁ、どんどん来な……」
 シンヤの恐ろしげな笑みに、衛兵たちの顔が青ざめた。
 
 一方、ワタルたちはミライを探して駆け回っていた。
 その際に別の衛兵たちに見つかり、追われもしている。
 ついには灰色の壁が目の前に立ちふさがり、逃げ場を失った。
「追い詰めたぞガキども……」
 衛兵たちが笑みを浮かべて近づいて来た。
「くっ、やるしかないのか?」
 レプリカの剣を構えるがタモツは灰色の壁をじっと見ている。
「タモツ……?」
 とふいに、タモツが口を開く。
「これは壁じゃないよ……」
「えっ?」
「ぼくには視えた! これはお腹がつっかえて動けなくなった巨大ネズミだ!」
 そう言った瞬間、壁が波打つように動いた。
「!? 夢見能力か!」
「ワタルちゃん! その剣でこいつを突っついて!」
 ワタルは言われるがままに、剣の先端を壁に突き立てた。
 チュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
 響き渡るかん高い悲鳴。
 次の瞬間、壁が、灰色の巨大ネズミが弾けるように走り出し、奥の方へと消えていった。
「よし、行くぞ!」
 再び道が開かれ、ワタルとタモツが駆け出すと、あわてて衛兵たちが追いかけた。
 どうする。ピンチは切り抜けたけどこのままじゃ時間の問題だ。それに、タモツの体力も持つかどうか。
 ワタルが横目で見ると、タモツの呼吸は荒く、汗もひどい。
 考え方を変えるんだ。
 ミライを探すのではなく、ミライをさらった張本人を探す。
 親玉が居そうなところは……。
 角を曲がり、曲がり、曲がり、見えて来た大きな扉。
 あそこだ!
 ワタルは体当たりするように扉を押し開いた。
 ようやく足が止まった場所は広間だった。
 そしてその先には立派な玉座があり、ゆったりとした赤い服をまとった男が腰をかけている。
 その左右を固めるように、いかつい全身鎧を身にまとった男と、派手なマントを羽織った男……。
「あっ!」
 ワタルがマント男を指差す。
「ワタルちゃんどうしたの?」
「あいつだ。あの男がミライをさらった!」
 フフフとマントの男が笑う。
「私の名はシーメシーメ。ドーマドーマさまの忠実なる腹心さ」
「我はゴームゴーム……」
 兜で表情の見えない鎧の男が、背中に背負っていた巨大なハンマーをひと振りし、地響きを立てて前方に降ろした。
「ドーマドーマさまにあだなす者は排除する……!」
 ドーマドーマ……、真ん中に座っている奴の名前か?
 ワタルがにらみつけると、ドーマドーマは興味深そうにワタルを見やる。
「小僧……。お前はあの娘のなんだ?」
「僕はミライの兄だ!」
「そうか、ならば兄妹でここに暮らすことになるな。幸せ者ではないか」
 その言葉にシーメシーメが笑う。
「さようですな。もっとも、生きて……とは限りませぬが」
 ゴームゴームとシーメシーメがゆっくりと歩を進める。
「わ、ワタルちゃんどうしよう」
「もう……やるしかない!」
 レプリカの剣を構えるものの、その先端は震えている。
「そうだ、やるしかねぇ」
 聞き慣れた声に振り向けば、刀を肩に担いだシンヤがゆっくと歩いて来るところだった。
「骨のありそうなのがいるじゃねぇか」
 シンヤの視線がゴームゴームのそれとかち合った。
「こいつは俺に任せろ!」
 そう言って駆け出すと、刀を肩から下ろして斜め下にかまえ、ゴームゴームに斬りかかる。
 それを巨大ハンマーを振り下ろして受け止めるゴームゴーム。
「仕方ない。では残りのお二人は私がお相手しますよ」
 シーメシーメがニタニタと笑みを浮かべながら近づいて来る。
 歩きながら輪っかにした右指を口元に持って行くとそれをくわえ、唐突に指笛を鳴らした。
 するとどうだろう。背後から地響きがしたと思いきや、大きな体をゆらして部屋の入り口にドラゴンが姿を見せる。
「ド、ドラゴンだ!」
 恐れと喜びの入り交じった声を上げるタモツ。
「さぁ、今日のおやつだ。ちっぽけな子どもが腹の足しになるかどうかは分からんがな」
 クククとシーメシーメが笑うと、ドラゴンは雄叫びを上げる。
「ワタル!」
 ドラゴンに気づいたシンヤが声を上げるが、「お前の相手は我だ」と、ハンマーを振り下ろされる。
「万事休すか……」
 さすがのワタルも気持ちがなえかけたその時だった。
 ちゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
 ふいにかん高い声が鳴り響いたかと思いきや、真横からドラゴンに何かが体当たりをかました。
 その勢いにさすがのドラゴンもよろめくと、その隣には先ほどの大ネズミが小さな両手で大きな頭を撫でているところだった。
「な、なんだ、あのネズミは!」
 シーメシーメが驚きの声を上げ、ドラゴンの注意が大ネズミに向けられる。
 一方、さっきは剣で突かれ、今度は頭を打ちつけた大ネズミも怒りに満ちていた。
「こ、これはなんとか……なる?」
 タモツが希望を見出そうとしたが、
「でも、ネズミとドラゴンじゃ……」
 ワタルは不安げに両者の対峙を眺めている。
「そうだよね……。まだ何か、何か助っ人を……」
 タモツが部屋を見渡し、そして天井を見上げる。
 その目がキラキラと輝き出した。
「ぼくには視えた! 天井で足を折り畳み眠っているものの、そろそろ起きる時間だ。空腹に満ち、早く獲物を、大きな獲物を捕食したがっている……」
 そう言い終わるやいなや、ス――と音もなく、巨大なクモが降りて来た。
「次は何!?」
 シーメシーメが驚愕し、ワタルも声を上げる。
「夢見能力! シャンデリアをクモに見立てたのか!」
 大グモはじっとワタルたちの方向を複眼で見つめていたかと思うと、シャッっと白い糸を吐き、ドラゴンに巻きつけた。
 動きを封じられたドラゴンに、大ネズミが体当たりをぶちかます。
「いいぞー!」
 タモツは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
 しかし、ネズミに体当たりされ、クモの糸に縛られたドラゴンもまた怒りに満ちていた。
 ふいに首を持ち上げて深呼吸をしたかと思えば、口から炎がちろちろと覗く。
「ば、バカ……!」
 それを見たシーメシーメが止めようとしたが時すでに遅し。
 次の瞬間には燃えさかる炎がドラゴンの口より吐き出された。
 炎が広間の入り口を舐め尽くす。
 毛皮に火の付いた大ネズミはあわてて逃げ出し、大グモも天井へと戻ってゆく。
 幸い、石造りの城には燃え移るものは少なく、炎はすぐにおさまった。
 だが、ネズミとクモが逃げ出した今、ワタルたちは再び劣勢になる。
「ワタルちゃん、ぼくたちも逃げた方がいいんじゃない?」
 大きな体を震わせてタモツが言った。
 確かに、このままじゃ勝てる見込みはない。
 ちらりとシンヤを見やれば、大男相手に善戦はしているものの、ドラゴン相手に同じようなことが出来るわけがない。
 くそっ、このままじゃ……。
 ふと、ワタルの視界の端に落ちているものがあった。
 それを見たワタルの瞳が輝き始める。
「あれだ!」
 ワタルはそう叫ぶと、ソレのもとへと駆け出した。
 背後からタモツに名を呼ばれながら、ワタルはソレを手にし、ドラゴンへと向き直る。
 そしてソレを突き出して構えた。
 ワタルが手にしたのは、先端が大きな円錐形をした、ランスと呼ばれる槍の一種だった。
 広間の壁に飾られていたものが床に落ちていたのだ。
 ワタルはそれを身構え言い放つ。
「僕には視えた! これは小型のミサイルだ! ドラゴンさえも退かせる威力を持っている!」
 ワタルが言い終わるやいなや、ランス型ミサイルは火を噴いて勢い良く放たれた。
 ミサイルはドラゴンに直撃すると、爆発を起こす。
 その威力にさしものドラゴンもうめき声を上げ、地響きを立てて倒れ込んでしまった。
 その様子を天井から見ていたのか、また大グモがスーと降りて来ると、俺の獲物と言わんばかりに糸をぐるぐるに巻きつける。
「やっ、やった!」
 タモツが歓喜の声を上げた。
「ま、まさか私のドラゴンがやられるなんて……!」
 シーメシーメは信じられない面持ちだ。
 一方、シンヤとゴームゴームの決着も付きようとしていた。
「はっ!」
 シンヤが斜め下から切り上げた刀が、ゴームゴームのハンマーの柄を切り裂いたのだ。
 ハンマーは重々しい音を立てて床に落ちた。
 続いてシンヤは飛び上がると、ゴームゴームの兜めがけて刀を振り下ろす。
 刀身が兜に直撃し、シンヤが床に降り立つと……、ゴームゴームの兜が真っ二つに割れて顔があらわになった。
 ゴームゴームが片膝を突く。
 中から現れたひげもじゃのいかつい顔は無念そうに歪んでいた。
「我の……負けだ」
 実際、まだ勝敗は付いていないようなものだったが、シンヤはゴームゴームの武人としての引き際を良しとした。
 ワタルはもう一本落ちていたランスを持って、ドーマドーマをにらみつける。
「もう一度言う。ミライを返せ!」
 ドーマドーマは何も言わずワタルの顔を見つめ続けていた。
「返さないなら……」
 ワタルがドーマドーマにミサイルを放とうと身構えた時。
「お兄ちゃん止めて!」
 それは間違おう無く、妹のミライの声だった。
 ドーマドーマの背後の扉の前で、ミライが立っていたのだ。
「ミライ! 無事だったんだな!」
 ミライはうなづくと、玉座の横に立ち、ドーマドーマの顔を悲しそうに見る。
「ドーマドーマさん、残念ながら私でもサーラサーラさんは起こせませんでした」
 ミライの言葉に、ドーマドーマは「そうか」とつぶやいて目をつむった。
「サーラサーラ? ミライ、その人は一体……」
 戸惑うワタルの顔を見て、ミライが口を開いた。
「サーラサーラさんはずっと眠りについている女性。それはイマジンと呼ばれる存在が生まれる前から。そう、ドーマドーマさんたちよりも昔から。ドーマドーマさんさえ、その声を聞いたことが無いわ。ただ知っているのは、眠りについているその美しい顔立ちだけなのよ」
「そのことと、お前がさらわれたこととなんで関係があるんだ?」
 再び口を開こうとしたミライを、ドーマドーマが制止した。
「続きは私が話そう……」
 ドーマドーマが遠くを見るような眼差しで語り始める。
「サーラサーラはおそらく原初のイマジンだ。そもそも我々イマジンは人間がいだく夢が具現化したものに他ならない。ゴームゴームは強くなりたいという思い。シーメシーメは幻獣と触れ合いたいという思い。そして私はすべてを統べたいという思い……。君たちから見たら私たちをいびつな夢と感じるかもしれない。だが、夢というものは理不尽なものだ。たとえ歪んでいようとも私たちはなりたいものになった」
 そこでドーマドーマは小さく首を振った。
「そう、私は思い通りに王になることが出来た。だが、違ったのだ。私は王になりたかったわけではない。姫を呼び起こす王子になりたかったのだ。それに気づいても後の祭り。もう叶えた夢は後戻り出来ないのだよ」
 それが大人というものだ、と付け加えた。
「だからなんでそれとミライが……」
 この子は、とドーマドーマが言葉を続ける。
「我々の星を現実世界に呼び起こすほどの夢見能力者だった。ならば、サーラサーラの意識も呼び起こせるのではと思ったのだが、上手く行かなかったようだな……」
「でも……」
 黙って聞いていたシンヤが口を開く。
「なんでずっと眠り続けている人の名前を知っているんだ?」
 その疑問に、ミライはシンヤの目を真っ直ぐに見て答える。
「サーラサーラという名前はドーマドーマさんが付けたの。それが恋、という感情なんです」
 思わずシンヤは目をそらしてしまった。
「ワタルとか言ったな……」
 ドーマドーマがワタルの顔を見て言う。
「この子は返そう。我々はまた夢の世界に舞い戻るだけだ……」
 ワタルは複雑な面持ちでドーマドーマ見つめていたが、やがて口を開く。
「僕にもサーラサーラさんに会わせてくれませんか?」

 ワタルたちは城の一角にある、尖塔の最上階の部屋に来ていた。
 その部屋はまるで子ども部屋だった。
 カラフルな壁紙が貼られ、たくさんのぬいぐるみたちが詰め込まれている。
 その部屋の中央にある天蓋付きのベッドに、美しい女性が眠っていた。
「私はこれからもサーラサーラを見守り続けるだろう。たとえ未来永劫起きなかったとしても……」
「ドーマドーマ様……」
 シーメシーメが主の姿を悲しそうに見つめている。
 ワタルはそんな言葉を聞きながら、じっとサーラサーラの寝顔を眺め続けていた。
「寂しいことだね。ぼくたちにもどうすることも出来ないや……」
 タモツは鼻をすすりながらつぶやいた。
「人を愛するとはこんなにも一途で苦しいものなのか……」
 シンヤも辛そうな顔をしている。
「ドーマドーマ……さん」
 ワタルが顔を上げて、ドーマドーマを見た。
「ロケットは重力から解き放たれるものです。もし、いつか、眠りの底より浮上する可能性があるのでしたら、それに賭けますか? 眠りという重力から逃れられるのなら」
 ワタルの真っ直ぐな瞳に、ドーマドーマはためらうことなくうなづいた。

 ワタルたちは城の外に出ていた。
 そこに居ないのはドーマドーマだけだ。
 ワタルたちが見上げる、サーラサーラの居た尖塔は、今や真っ白なロケットに取って代わっている。
 ワタルの提案はこうだ。
 夢から逃れるために、ロケットで飛び続けるということ。
 それになんの根拠もあったわけじゃない。
 ただ、そうなるかもしれないという思いが込められているだけだ。
 ドーマドーマはその提案を受け入れ、サーラサーラとともに旅立つ決意をした。
 やがてワタルのカウントダウンが始まる。
「五、四、三、二、一……零!」
 ドンッ!
 ロケットは皆に見守られながら、音もなくおもちゃめいた星から飛び立っていった。
「何もお姫さまを起こすのは王子さまだけじゃないさ」
 ワタルは別れの言葉のように、あるいは自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。
「小僧ども」
 シーメシーメが口を開く。
「一応礼は言っておこう」
 その隣でゴームゴームもうなづいた。
「だがどうやって地球に戻るつもりだ? ドラゴンはダメージが大きくて動けそうに無いが」
「はい、もう片方の尖塔をお借りします」
 そう言って指差した城のもう一方の尖塔も、白いロケットに取って代わっていた。


 地球に帰ってから数日が経っていた。
 もう空にはおもちゃめいた惑星はなく、夜になるといつもの月が輝いている。
 ワタルは、あれは夢だったのかもと思うことがある。
 でも船長の家の屋根から覗く白いロケットを見るたびに現実であったことを認識した。
 地球に戻った時、船長と呼ぶ老人にワタルはたずねた。
 もしかしておじいさんもイマジンでは、と。
 それを聞いた老人は笑って首を振る。
 私は昔、大海原を駆ける冒険者になりたかったが、夢破れた。
 つまりイマジンのなり損ないなんだよ、と。
 まぁ、今でも夢にしがみついてはいるがね、と制帽をかぶり直してウインクをした。
 ミライはすっかり失恋から立ち直っていた。
 新たな恋を見つけるのだと息巻いている。
 タモツは、また大ネズミや大グモ、あるいはドラゴンを出せやしないかと頑張っているが上手く行かないようだ。
 シンヤは本気で武道に取り組み始めた。
 とりあえず全国制覇かなと軽く言っている。
 一方ワタルは言うと……、また大冒険出来ないものかと、夜空を眺める毎日だった。

きずあと

 事故にあったときのことはおぼえていない。
自転車に乗っていたのは頭に残っているけれど、そのあとはまっしろだ。
 気がつけば夢の続きのようなまっしろな病院のベッドで寝ていて、お母さんとお父さんたちがぼくの目が覚めたことをすごくよろこんでくれた。
 ぼくは信号無視して曲がって来た車にはねられたらしい。
 しかもその拍子に近くのショーウインドウにまで突っ込んで、大きなケガをした。
 目が覚めたときはまだ麻酔が効いていたけれど、時間が経つにつれガラスにさかれた傷がうずき、ズキズキと痛む。
 正直、初めて傷あとを見たときはショックだった。
 胸から脇腹、そして体をひねらないと見られない後ろ腰にかけ、糸でぬったあとが、いやむしろ、列車の走る線路のようなあとが走っていたのだ。
 一生残るかもしれない。
 そう先生に言われたけれど、心配は傷あとよりも痛みが続くことだ。
 このままズキズキと痛み続けるなんてごうもんに近い。
 ぼくは悪いことを何ひとつしていないのに……いや、宿題をさぼったりお手伝いをしなかったことはあったけど、ここまでひどい仕打ちを受けるほどではないはずだ。
 退院した今も、ぼくは布団の中で傷にわずらわされていた。
 ここ最近ぐっすり眠れず、毎晩どうにもならないうずきに何度も寝返りを打つ。
 病院で痛み止めの薬をもらって飲んでいるけれど、効いているのか効いていないのか分からなかった。
 痛みをおさえつけるように自分の体を抱きしめ、丸くなる。
 こうすれば少しは痛みがやわらぐような気がしたのだ。
 じっとしていると、どくどくと自分の心臓が脈打つ音だけが耳に響く。
 どくどく どくどく ポー……
 ん? ポーだって?
 なんの音だと思い考えたら、機関車の汽笛というやつのような気がした。
 生で聞いたことはないけれど、よくテレビから流れて来る音だ。
 でも自宅の周辺で機関車なんか走っていたっけ?
 機関車どころか電車だってこの近辺では見かけないのに。
 さらに耳をすませてみた。
 しゅぽしゅぽ ガタンゴトン しゅぽぽ ガタンゴトン
 機関車は軽快に走っていて、なんだかぼくの胸までおどって来るようだ。
 しだいに傷の痛みも忘れ、じぃーと聞き入り始めた……。

 ぼくは機関車に乗っていた。
 薄汚れた窓の外では、灰色の煙が流れてゆく。
 その合間から見えるのは薄桃色の草原だった。
 細い糸のような雑草が一面に広がっている。
 とくに目立ったものはない。
 それでも初めての機関車に、目を輝かせて食い入るように景色をながめた。
 しばらくするとスピードがゆるやかになり始め、やがて窓の外に現れたのは小さな小さな駅だった。
 窓を上げ、顔を出してみる。
 プラットホームでは赤い帽子をかぶった小人たちが数人、肩にツルハシをかついで待っていた。
 小人と言えば聞こえはいいが、いやらしそうな顔立ちからはかわいげは感じられない。
 何やら雑談しながら、扉が開くとわらわらと乗り込んで来た。
 ぼくはなんとなくとっさに座席のかげにかくれる。
 小人たちは少しはなれた席を陣取り、かん高い声で笑っていた。
「次の現場ではもっとハデに行こうぜ! まだまだ生ぬるいような気がする」
「ああ、もっと大きく振りかぶってツルハシを突き立ててやるんだ!」
 うひひひひと下品な笑い声になぜだか鳥肌が立った。
 どうも良い小人ではないようだ。
 このまま放置しておくのはいけない気がする。
 さて、どうしたものか……。
 機関車が走り始めると、小人たちは疲れていたのか、機関車に揺られてうとうとと居眠りをし始めた。
 小人たちのツルハシは座席の横に無防備に立てかけられていて――、それを見たぼくは名案を思いつく。
 あのツルハシをうばってしまえば、もう悪いことができないのではないか。
 そうと決まれば、ぼくは足音をしのばせてこっそりと小人たちの座席に近づいた。
 時折つぶやかれる寝言や寝返りに肝を冷やしながらも、小さなツルハシをひとつまたひとつと取り上げ、またそぉーと小人たちからはなれる。
 自分の席に戻ると、ツルハシをどうしようかと思い、流れる窓の外を見てピンと来た。
 そうだ、こいつを窓から捨ててやろう、と。
 さっそく窓を上げ、ぼくは両手にかかえたツルハシを放り投げる。
 ツルハシは風に飛ばされて去りゆく草原に落ち――たところでズキッと肌に痛みが走った。
 ハッと気がつくと、そこは機関車の座席ではなく、布団の中だった。
 なんだ夢かと思いながらうずく肌をボリボリとかく。
 すると何か爪の先に引っかかるものがあった。
 なんだろうと指先を見ると、爪の隙間に棒のようなものが数本はさまっていた。
 まさか、これは夢で見たツルハシ……?
 そうか、さっきの痛みは放り出されたこれらがぼくの肌に突き刺さったものだったんだ。
 ということはあの機関車が走っていたのは、ぼくの――傷あと?
 それっきり、ぼくの体から痛みはなくなった。
 いや、ときどきチクチクとはするけれど、きっとそれはツルハシを失った小人たちの悪あがきだと思えばほほえましい。
 またぼくの肌を走る機関車に乗れる日は来るだろうか。
 それからは毎晩眠りに落ちるまで、ぼくは自分の肌の上を走る機関車のことを思い描くのだった。

北帰行

 わたしがくらす家はあたたかい。
 両親も兄も、みんなわたしのことを大切にしてくれていた。
 でもそれゆえに、やさしさが時々よそよそしく感じることがある。
 もしかしたら、わたしはこの家の子どもではないのではないか。
 世間というきびしい冬をやりすごすため、一時的にくらしているだけのような気がしていた。
 そんなことをいつも、湖のほとりにある公園でぼんやりと考えている。
 公園でわたしの目にうつっているのは、貸しボート屋のわきにつながれているスワンボートだ。
 彼(彼女?)もまた、どうしようもないさびしさをかかえているようだった。
 本来あたたかくなり出したこの時期、白鳥は日本をはなれて北に帰りはじめる。
 だけどここのスワンボートはロープでつながれて飛び立つこともままならないでいた。
 それどころか、飛び方さえ忘れているかもしれないのだ。
 ひとりぼっちなスワンボートに同情したわたしは、おこづかいがゆるすかぎり、借り受けることにしている。
 空があかね色にそまりゆくなか、貸しボート屋が閉まるまで、わたしはスワンボートをこぎつづけた。
 するとスワンボートは、折りたたまれていたつばさをひろげ飛び上がろうとがんばる。
 わたしはかけ声をかけて応援し、ペダルもけんめいにこいだ。
 その努力がみのってか、ふわりと湖の表面から浮かび上がるようになって来た。
 そうなると成長は早い。
 あれよあれよという間に、湖の端から端まで飛びつづけることに成功した。
 もうそろそろ、計画を実行するころ合いかもしれない。
 わたしとスワンボートは、自分たちの本来いるべき場所をめざして旅立つことにした。
 ふるさとがどこかは分からないけれど、かつての船乗りたちが星の位置をあてにしたように、きっと運命がわたしたちをみちびいてくれるはず。
 そしてついに計画を決行する。
 食料などをつめたリュックを背おったわたしは、早朝に公園をおとずれた。
 まっすぐに向かった先は貸しボート屋だ。
 わたしはこっそりと桟橋に立ち、スワンボートをつないでいるロープをほどいた。
 スワンボートも旅立ちに気分がたかぶっているみたい。
 わたしは相棒に乗り込むと、リュックをとなりに置き、ゆるりゆるりとペダルをこぎはじめた。
 着込んでは来たものの、いてついた朝の空気が肌を刺す。
 そのつめたさは速度が上がるごとにまし、湖をはなれると強風となった。
 さむいことはさむいけれど、気分がたかぶっている今のわたしにはつらくない。
 風を切るスワンボートはぐんぐんと上昇し、町を見下ろせるまでの高さになると安定した。
 上空からお世話になった家をさがす。
 赤い屋根を見つけると、今までありがとうと心からお礼を言った。
 スワンボートはすいすいと空をすべってゆく。
 この調子ならほんとうの居場所にすぐたどりつけるかもしれない。
 とは言え、目的地までの道のりはスワンボートの本能にまかせているようなものだから、どこまで飛ばないといけないのか分からなかった。
 一日はあっという間に過ぎ去り、わたしたちはどこかの池に着水する。
 今夜はここで寝泊まりね。
 リュックからスナックバーを取り出し、ペットボトルの水とともにおなかに流し込んだ。
 あとはスワンボートをねぎらってから、ボートのなかで眠る。
 さむくて心細かったけれど、今さらあとには引けない。
 次の日も次の日も、わたしはペダルをこぎ、スワンボートも空高く飛びつづけた。
 ところがある日、春のあらしに見まわれる。
 ふきつける向かい風に邪魔されて、ペダルが重いためにこぐのもむずかしくなった。
 スワンボートも思うようにはばたけず苦労しているようだ。
 これではだめだと、まだ日が高いものの、地上に降り立つことにした。
 ところが、首を下げたときに強い突風がスワンボートをからめ取り、わたしたちはくるくると木の葉のように舞い上がる。
 天地がどちらかさえ分からなくなり、わたしはそのまま気を失った。
 気がつくと周囲は霧におおわれていた。
 スワンボートはどこかの水面に浮かんでいるのはたしかだ。
 地面に不時着しなかったことに安心しつつも、ここがいったいどこなのか分からないため不安がわき起こる。
 と、そのとき。
 前方にゆらりと影が生まれた。
 ひとつ、ふたつ、ううん、もっとたくさんいる。
 右も左も分からないので、期待を込め、その影の方へとスワンボートをすすめた。
 はっきりしつつある影の形に見おぼえがある。
 そう、わたしが今乗っているスワンボートと同じではないか。
 霧がうすまり、視界がひらけて飛び込んで来た光景は、真っ白いスワンボートのむれだった。
 たくさんのスワンボートたちが同じ方向を向いて水面をおよいでいる。
 もしかしてこれは、スワンボートの北帰行?
 本物の白鳥のように、スワンボートもふるさとへと旅立っていたのね。
 わたしのスワンボートが一声鳴くと、むれのあちらこちらからも鳴き声がはっせられる。
 そうか、この子の居場所はもう見つかったんだ。
 もうひとりじゃない。こんなにも仲間がいるんだものね。
 となるとわたしはお荷物になる。
 スワンボートが向かう先はスワンボートのふるさとであり、人間のわたしが行くべき場所ではないだろう。
 だからわたしはリュックを背おうと、相棒をひとなでしてから、水面に飛び込んだ。
 ためらいはなかった。
 スワンボートはもうわたしがいなくてもやっていける。
 スワンボートのしあわせをねがうわたしは青い水の中をゆっくりとしずんでいった。
 ふしぎと息ぐるしくはなかった。
 むしろ母親のおなかにいるようで安心する。
 やがて真下に光りが見えて来た。
 わたしは流れにさからわず、その光りへとすべりこんだ。

 目がさめるとお母さんの泣き出しそうな顔があった。
 ああ、よかった。意識を取り戻してくれたのね。
 わたしはいったい……。
 旅に出たはずなのになんでお母さんがいるの?
 あなたは湖のほとりに打ち上げられていたところを助けられたのよ。
 そうか、もどって来てしまったのね……。
 お母さん、けっきょくわたしは自分の居場所を見つけられなかったよ。
 なに言ってるの! あなたの居場所はわたしたち家族がいるところじゃない!
 それを聞いたわたしの目からなみだがこぼれ落ちる。
 そっか、わたしはたどりつけたんだ。本来いるべき場所に。
 すべては思いすごしで、わたしがお母さんたちの子どもであることにまちがいはなかった。
 お母さん、ごめんなさい。
 いいのよ。わたしはあなたがいてくれたらそれだけでしあわせだから。
 もう旅立とうと思うことはないだろう。
 わたしはずいぶん遠回りをして、ようやく自分の居場所を見つけた。

スノーホワイト

 二千年初頭、しきりに叫ばれた地球温暖化だったが、太陽活動の低下により、逆に地球は寒冷期に入ってしまった。
 太陽の活動が低下すると太陽の磁場が弱くなる。
 すると銀河系の彼方から飛んで来る宇宙線がより多く太陽系に入って来るようになった。
 雲が出来るのは、飽和水蒸気に刺激が加わって水蒸気が急速に液化し、大気中を浮遊する塵を核にして水の微粒子となる為だ。
 その刺激を与えているのが宇宙線のエネルギーであり、雲が多くなれば太陽光線は宇宙に反射されるので地球の温度が下がったのである。
 寒冷による影響は食料生産にも大打撃を与えた。
 寒さと飢えの二重苦が人類を襲う。
 生物は長い年月かけ環境に順応して来たが、最早その進化速度では追いつかなくなっていた。
 そこで国を超えた一大プロジェクトが発足される。
 ミトコンドリアエボリューション。
 細胞の活動に必要なエネルギーを生成しているミトコンドリアのDNAを操作し、パフォーマンスを向上させようというものであった。
 つまり燃費を良くし、わずかな食べ物であっても、冷気と飢えに耐えうる肉体を作り出すのが計画の主旨だ。
 実験は成功し、緊急性から臨床試験もそこそこに人類のミトコンドリア操作が施された。
 それにより寒冷に適応したかのように思われたのだが、人類は遺伝子の塩基配列の踏み板を踏み外し、二重螺旋の階段を駆け上がるどころか、転げ落ちてしまうことになる。

 雪が舞っている。
 重い雪だ。
 適度に彫りが深い顔立ちの女性が、窓の内側からその光景を静かに眺めていた。
 ノノこと、のどか・ノマーデは、除雪の心配をしているわけではない。
 そもそもノノ一人分の衣食住なら施設内で事足りる為、外出する必要もなかった。
 だけど雪景色の向こうに埋もれている人々のことを思うと胸が痛む。
 それは比喩ではなく、屋内外問わず人類の過半数は地球のどこかで倒れ伏して居るからだ。
 ノノが白雪姫症候群と名付けたその現象は、細胞のアポトーシス異常によるものだった。
 アポトーシスとは、多細胞生物を構成する細胞死の一種で、個体をより良い状態に保つ為に積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺のことである。
 ミトコンドリアはそれに深く関わっており、眠りし人々の肉体は、強化されたミトコンドリアが常に細胞を代謝させている為、見た目はあたかも不老のような状態で維持されていた。
 それはノノもまた例外ではない。
 ただ違うのは意識があるかないかだけであった。
 ミトコンドリアエボリューションに関わったノノにもその原因は分からないでいる。
 全人類に遺伝子操作が施されてから一年足らずで、深い眠りにつく者たちが現われ、白雪姫症候群は患者の確保もままならない速度で発症していった。
 恋人のアキラもまた、この施設の中で昏睡している。
 ノノが窓から離れた。
 パソコンデスクに近づくと椅子に腰を下ろし、マウスを動かしてスクリーンセーバーを解除する。
 液晶画面には無数の数字が羅列し、更新され続けていた。
 コンピューターを常時走らせ、患者から採取したミトコンドリアDNAと、自分のミトコンドリアDNAを解析し、比べていた。
 プロジェクトの臨床段階での被験者はノノ自身だ。
 自分が成功したからプロジェクトは推進された。
 きっとどこかにエラーがあるはず。
 それが分かればみんなを助けられるわ……。
 ノノはそう思い続けて孤独な心を支えていた。
 かつて林檎の実を食べて人類は知恵を得た。
 しかし自分が食べさせたのは、意地の悪い王妃が白雪姫に与えた毒林檎だ。
 人類を進化させるどころか退化させてしまった。
 魔女。
 自分のことをそうさげすみ、呵責する。
 触れてはいけない神の領域に手を出したのが悪かったのよ。
 神様、私は眠り続けても構いません。
 どうかみんなを目覚めさせてください……。
 祈るような気持ちで画面を眺め続けた。
 そんなノノにも心の慰めがある。
 ミトコンドリアの臨床も兼ね、スノードロップの栽培をしていた。
 子球を外して球根を増やし、施設周辺の土壌に埋めてある。
 スノードロップは寒さには強いものの、本来は芽が出たら日当たりの良い場所で育てなければならないが、ほぼ一年中雪に覆われた環境ではそれも出来ない。
 強化ミトコンドリアによるエネルギー供給に期待するのみだが、雪深いせいで本当に育っているかどうか定かではなく、花が咲くことを夢に見るばかりであった。
 臨床とは名ばかりであるが、ノノは不安な心をスノードロップの花言葉「慰め」に託していた。

 ある日、ノノが目覚めると妙な高揚感を覚えた。
 顔も火照っているような気がしたので熱を測ると四十度近い。
 風邪だろうか。
 だが気怠さはなく、むしろ活力がみなぎっている。
 元々強化ミトコンドリアの影響で平熱は高くなっていたのだが、それにしては高熱過ぎた。
 とりあえず薬を飲んでおこうとノノはベッドから折りてリビングに向かった。
 なんとなく窓の外に目をやると、珍しく雪が止んでいる。
 そればかりか雲の隙間から太陽の光も差し込んでいた。
 その光景にノノの表情がたちまち輝く。
 急いで着替え、コートを羽織ると外に飛び出した。
 するとどうしたことだろう。
 昨日まであれほど降り積もっていた雪が溶け始めているではないか。
「何? 何が起こっているの?」
 ノノが周囲を見渡した時、小さな花が目に留まった。
 白い、三枚ずつの外花被と内花被が下を向いて開いている。
 それは紛れもないスノードロップであった。
 しかも淡いオレンジ色の光を帯び、そこかしこに咲いている。
「ミトコンドリアが励起している?」
 その時、体が燃えるように熱くなった。
「これは……共鳴……?」
 そうだ、アキラは!
 コートとセーターを脱ぎ捨てながら、施設に引き返した。
 恋人が居る部屋に駆け込む。
「!」
 部屋がむせ返るように熱かった。
「アキラ!」
 ノノの恋人はベッドの上で相変わらず眠っている。
 ただし、陽炎を立ち上らせて。
 この部屋の熱源はアキラだった。
 アキラの唇が乾いてぱくぱくと開閉している。
「水が欲しいのね!」
 キッチンに引き返すと、コップに水を汲んで持って来た。
 そして、自分の口に含み、アキラの唇に押し当てる。
 アキラの喉が動き、水を飲み干した。
「う……」
 閉じられていたまぶたが痙攣する。
「アキラ……」
 祈るような面持ちでノノが見守る中、アキラは目を開けた。
 そしてしばらく宙を見つめていたかと思うと、きょろきょろと不安そうに瞳を動かし、やがてノノを見つける。
「ノノ……」
 アキラが安心したように微笑んだ。
「ああっ、アキラ!」
 ノノがアキラに抱きつく。
 その奇跡は他の者たちにも起きていた。
 次々と目覚めゆく人類。
 その後、ノノがスノードロップを確認した時にはもう枯れてしまっていた。
 結局、昏睡も覚醒も何が原因だったのか分からずじまいだ。
 ただ云えるのは、スノードロップのもう一つの花言葉は「希望」であること。
 ノノが決して捨てなかった希望は、見事に花開いた。
 世界に春が訪れたのである。

乳白色の海

 カンカンカンカン
 なんの音だろう。
 昔、どこかで聞いたことがある。
 そうだ、踏切の警報音ではないか。
 整備が行き届いていない田舎にならあるかもしれないけど、多くの路線が地下鉄中心となった現在では珍しかった。
 少なくとも私が記憶しているのは幼少の頃のものだった思う。
 それがなぜ今になって聞こえて来るのか。
「たぶん同族嫌悪が働いているのでしょうね」
 えっ? 誰? 誰なの?
 次の瞬間、暗闇が晴れ、私の視界が開けた。
 私は遮断機の下りた踏切の前に佇んでいた。
 目の前を列車が猛スピードで通過している。
 やがてそれが途切れると向こう側に適度に彫りが深い顔立ちの人物……私が立っていた。
 えっ、どうして私がもう一人居るの!?
 警報は相変わらず鳴り響き、遮断機は下りたまま。
「この踏切は今の心の状態を表しているわ。あなたと繋がりたいと思うと同時に嫌悪もしている。あなたを遮断する気持ちが記憶の中の踏切となって私たちをへだてているのよ」
 だからあなたは誰なの?
「私はあなた。あなたは私。まだ覚醒途中だから浅い部分での記憶は定かではないようね。でも自分の名前くらい覚えているでしょう?」
 私、私は……のどか・ノマーデ。
 そう、ノノよ!
「そう、あなたはノノ。私もノノ。私たちは合わせ鏡の姉妹」
 姉妹? そんなわけがない。私には姉妹なんていなかったはずよ。
「ふー、どこまで記憶が退行しているのかしら。ひょっとしたら私は私自身が思っている見た目じゃないかもね。あなたは、おそらくまだ私が人工子宮のことを知らなかった頃の私」
 じんこうしきゅう?
「そう、現代では、病気をまぬがれるためと、女性に妊娠という負担を強いることなく出生率を上げる手段として、人工子宮での受精と胎児の育成という方法が取られるようになっているのよ。でもそのことは性教育を受けるまで知らされない」
 ならどうしてあなたは知っているの?
「私はあなたが見ている年齢よりも大人だからよ」
 でも人工子宮で育てられるのと姉妹であることにどういう関係があるの?
「人工子宮では作為的に双子が生み出され、大人になっても培養が続けられる。将来に備えてのスペアとしてね」
 スペア?
「例えばある臓器を移植するとなった場合、多能性幹細胞から作り出すよりもずっと安全で短期間に用意することが出来るわ。まぁ、人一人を培養し続けるのにもコストがかかるけど」
 待って、あなたの言い方だと私がスペアみたいじゃない。
「みたいじゃなくてあなたはスペアなのよ」
 そんなの信じられない!
 不意に、また列車が目の前を横切った。
 列車が途切れると踏切の向こう側は土砂降りの雨だった。もう一人の私はビニール傘を差している。
「今度はあなたが拒絶反応を起こしたみたいね。でもあなたは、生きたければ私を受け入れるしかない。そういう選択肢しか残されていないの」
 生きたければって……、私は切り刻まれるんじゃないの?
「スペアの役割はもう一つある。それは主人格が亡くなった時に記憶を転写して擬似的に生き返るためとして」
 えっ? それじゃあもしかしてあなたは……。
「もしかしてではなくて、私は今頃あの世に居るでしょうね。死ぬ間際に記憶のバックアップを取っているから、最新のデータがロードされているはず」
 今度は私が主人格になるってこと?
「ええ」
 あなたはどうして亡くなったの?
「亡くなったのは私だけじゃない。地球の過半数の人が命を落としたわ。新種の細菌兵器で」
 そんなことって……。
「兵器と云っても戦争がおこなわれたわけじゃない。施設から漏れた殺人ウイルスが蔓延したの。人為的ミスで人類滅亡なんて笑っちゃうわよね」
 でも、世界がそんなんじゃ私だって……。
「その細菌兵器はある特性を持っていたの。一定期間を過ぎれば死滅するという特性をね。でも爆発的な繁殖力で死滅する前に地球全土を覆い尽くした。無菌状態の人工子宮で守られたあなたにはもう害はないわ」
 私を生き返らせようとしているのは誰?
「人間を失った人工知能が自己判断を下したのでしょうね。今がスペアを利用する時だと。あなただけじゃない。他の人た……生き返ろ……いはず……」
 どうしたの? 声が途切れて聞こえるわ。
「あな……と私……人格が統合……うとして……」
 その時、鳴り響いていた警報が唐突に止んだ。
 遮断機がゆっくりと上がっていく。
 もう向こう側は晴れて、大きな虹がアーチを描いていた。
 大人になったもう一人の私がこちらへと歩いて来る。
 私も彼女に向かって歩き出した。
 踏切の中央で私たちは両手を重ね合わせる。
「幸せになって。今までの分まで」
 私がそう云って微笑むと私の中へと溶け消えた。

「あう……」
 乳白色の溶液にまみれた私は、羊水が抜かれた人工子宮から這い出た。
 他の人工子宮のハッチも開いていて、私以外の人間も這い出している。
 滑る足もとに気をつけながら、ふらつく足で立ち上がった。
 そして両手を眺め、こぶしを握ったり開いたりしてみた。
 私は確かに生きている。
 これから人類は新しい夜明けを迎えるのね……。
 私は未来を見据えると、新世界へゆっくりと踏み出した。

レッドデータ・ライブラリ

 かつて人類が地球という惑星に住んでいた頃、文明は高度に発達していたらしい。
 でも宇宙の辺境で暮らす今となっては、その面影もない。
 ううん、残骸なら市場に足を向ければいくらでも転がっている。
 それは科学文明の象徴とも云える電子機器だ。
 だけど、現在まともに動作するものはほとんどなく、大抵故障していて、骨董的な意味しか持たなかった。
 あるいは私のように機械いじりが好きな者の手慰めぐらいだろう。
「ノノ、待ってたぜ!」
 今日も機械を物色しに足を運んでいた市場で、顔見知りの露天商が声をかけて来た。
 私のフルネームはのどか・ノマーデだが、知り合いは省略してノノと呼んでいる。
「何か掘り出し物でも手に入れたの?」
 私が露店に近づくと、露天商は「まぁな」と唇の端を持ち上げた。
「これが今日の目玉商品だ!」
 ドーンと効果音まで付けて、下から取り出した真っ黒で大きな球体をテーブルの上に乗せる。
「なんなのこれ?」
 私の問いに、露天商は「分からん」と云って肩をすくめた。
「だが、機械であることは確かなようだ。ここに蓋があって、開けてみたら電子部品が詰まっていたからな」
「へー」
 訳の分からない機械に、私の好奇心が刺激される。
「どうだ、安くしとくぜ」
 その言葉に腕を組み考え込んだ。
 私は、好事家たちにこういう骨董機械を修理して売る仕事を営んでいた。
 修理をすれば、私の興味は機械から離れるので執着はない。
 だからそれを売ることで生計を立てているのだけど……。
 実はここ最近、良い機械に巡り会えず買い手が付いてなかった。
 それでも機械を仕入れるから、生活費が困窮していたのだ。
「欲しくなかったら別にいいぜ。他の奴に回すからな。でもこいつはそうそう出回らないだろうな~。あーあ、もったいないもったいない」
 露天商は球体をなで回しながらにやついている。
「ちょっと待って……!」
 確かにこういうものは一期一会。
 ここで逃したらもう会えないかもしれない。
「分かったわ。買う。買うわよ。買ってやろうじゃないの!」
「お目が高いねぇ。まいどあり~」
 露天商と親しくなるのも考え物ね。
 私の性格を熟知しているから簡単に乗せられちゃうわ……。
 商売上手な露天商から球体を受け取ると、私はよろめきながら市場をあとにした。

 球体を購入してから一週間が経った。
 あれ以来私は、自宅にこもって球体の修理に没頭している。
 球体の中身はぎっしりと電子部品で満たされており、私の知的探究心に答えてくれていた。
 今までの経験で得た知識を総動員し、未知なる部品がどういう構造でどういう反応をするのかを推測していく。
 つまり、理解しがたいものでも、今まで扱って来た部品と照らし合わせることで、おおよその見当を付けるのだ。
 未知だった構造が、しだいに明らかになっていく快感はやはり病みつきになる。
 これだから機械いじりは止められないのよね。
 そして、寝食を忘れてまで没頭した結果、いよいよ球体を作動させるところまで漕ぎ着けた。
 蓋を閉じ、球体の上部に手のひらを当てる。
 その裏には手の形をしたセンサーがあったからこれでいいはずだ。
 私の体温を感じ取った球体は、ブブブと細かく振動し始める。
「やった! 動いたわ!」
 私が手のひらを離すと、黒い表面でカラフルな光が明滅した。
 明滅した。明滅……。明め……。
「で?」
 確かに球体は光を明滅させているけど、それ以上劇的な変化は現れない。
「嘘……、苦労してこれだけ……なの?」
 いや、それはおかしい。
 だって内部の構造からしてもっと高度な動作をするはずよ。
 まだ完璧に修理出来てなかったってこと?
「そんな……」
 事態に愕然としたその時だった。
 不意に窓から青白い光が溢れたかと思うと、内蔵が持ち上がるような感覚に見舞われる。
 次の瞬間、私は見慣れない場所に立っていた。
「えっ? えっ? 何? なんなのここは?」
 見渡す周囲には黒い壁があり、その壁は上部に向かって曲線を描いている。
 この部屋は半球状になっている?
「ようこそ」
「わっ!?」
 突然かけられた声に私は飛び上がって驚いた。
「驚かせてごめんなさい」
 女性の声で柔らかく謝罪される。
 でも、どこを見渡しても女性なんて存在しない。
「探しても無駄です。私の本体はここにはありませんから」
「そうか!」
 私はぽんっと手を打った。
「前に扱った機械で遠方に声を飛ばせるものがあったわ。あなたの声もそうしているのね!」
「ええ、それに近いです。やはり飲み込みが早いわね」
「でも、ここは一体どこなの? 私は自宅に居たはずなのに……」
「さすがに転移したことまでは理解出来ないか」
「てんい?」
 私は首を傾げる。
 もう恐怖はなかった。
 今は、未知なる出来事に対して好奇心がむくむくと沸き起こって来ていた。
「そう、あなたは自宅から、惑星の衛星軌道上にあるこのライブラリまで瞬間的に移動して来たのです」
「ええ!? そ、そんなことって……!」
 いや、でも、と私は腕を組んで考え込んだ。
「高度な科学力があれば不可能ではないかもしれない……ブツブツ」
 発達した科学は魔法と変わらないって云うし。
「仮にそれが本当だとして」
 私は顔を上げた。
「私を転移させることになんの意味があるって云うの?」
「あなたに知識を授けるためです」
「知識?」
「そう、転移も含めて、あなたが知りたいと思っているすべてのことを伝えるために」
「さっきライブラリって云ってたわよね。つまりここは図書館みたいなところなの?」
「ええ、ここには地球に関する知識が所蔵されています」
「地球ですって!?」
 現在にも図書館は存在する。
 でもその多くは規模が小さく、娯楽的なものしか取り扱われていない。
 地球に関する文献は残されておらず、そもそも地球の存在自体さえ疑問視されていた。
 地球について書かれている本もあるけれどそれは創作物に限られ、現に大半の人は地球をフィクションだと思っている。
「それとも地球について知りたいとは思わないのかしら?」
 転移なんて超高度なことをやってのけたんだから嘘をついているとは思えなかった。
「思うわ! 思います!」
 おそらく私の目はお星様のように輝いているに違いない。
 犬だったら尻尾が千切れるほど振っているところね。
 よだれも垂らしているかも。
「分かりました。ではあなたを閲覧者として承認します」
 女性がそう言い終わるやいなや、目の前の壁が開いて通路が現れた。
「進みなさい。そして存分に知識を吸収するのです」
「は、はい! あっ、ちょっと待って!」
「なんでしょう?」
「あなたの名前は?」
「名前がないと不便ですか?」
「ええ、これから長い付き合いになりそうだもの」
「……分かりました。それではエルとお呼びください」
「私はノノよ。よろしくね、エル!」
 改めて通路に向き直った。
「いざゆかん。知識の海へ!」
 もう好奇心が抑え切れなくて私は駆け出した。
 通路は思っていたよりも短かく、抜けると沢山の書架が立ち並ぶ空間に飛び出る。
「奥に机があります。そこで学習してください」
「へー、てっきり以前扱ったことのある電子ペーパーかと思ったら紙の本なのね」
「紙は保存にさえ気をつければ優れた媒体です。外部からアクセスされることもないですし」
「まぁ、なんだっていいわ。とにかく読みまくるぞー……と云っても、本が多過ぎて何から読めばいいんだか……」
「なら、私が選んで差し上げましょうか?」
「そうね、お願いするわ」
 エルは書架に振られている番号を私に伝え、そこのどの本を読めば良いのか教えてくれた。
 それからどのくらい読書に没頭していただろうか。
 空腹を覚え我に返った。
「そう云えば、最近まともに食べてなかったなぁ……」
「なら、一度自宅に戻りますか? ここでは食べ物は用意出来ないの。水ならあるけど」
「帰りも一瞬なの?」
「ええ、あなたが修理したプローブがマーカーになっています」
「そうか、あの球体はそのためのものだったのね!」
 私の一週間は無駄じゃなかったわけだ。
 とりあえず自宅に戻ったら食べ物を胃に詰め込んで、シャワーを浴びよう。そうだ、保存食を用意してここに持ち込めばいいのよ。
「それじゃあ、転移をお願い!」
「では、先ほどの部屋に戻ってください。あそこが転移装置となります」
 こうして私は再び自宅へと帰って来た。
 机に置かれた球体は相変わらず明滅を続けている。
「さてと、ゆっくりなんかしてられないわよ~」
 私は、まるで遠足か旅行前日のようにわくわくしていた。
 こうして私は思いがけず、地球を識る機会を得たのだった。

 とは云っても、ライブラリに入り浸ってばかりはいられない。
 なぜならば、生活費を稼がないと食べていけないからだ。
 でも今の私は着実に知識を増している。
 市場で見かけた機械の特徴をエルに伝えれば、それがどんな機械か教えてくれて、あらかじめ本で学ぶことも出来た。
 そうして修理した機械は今まで以上に面白い動作をするものばかりで、好事家たちに持ち込めば渋られることなく高く売りつけられたのだった。
 それが続けば私の評判も上がって来る。
 学習の時間もあるから修理ばかりしていられないけど、生活に困るようなことはなくなっていた。
 そんなある日、好事家の屋敷のパーティーで、私が修理した機械をお披露目することになった。
 パーティーのために少々複雑な操作が必要な機械を用意したので、私が駆り出されたのだ。
 今回の機械は真っ暗な部屋に夜空を映し出す、光学式投影機というものだった。
 自宅で試運転した時、その夜空は普段見ている夜空ではなかった。
 もしかしたら地球から見た夜空かもしれない。
 そこでそういう触れ込みにしたら、パーティーに大勢の人が詰めかけた。
 主催の好事家も鼻が高いようで、操作のための給金を弾んでくれるとのこと。
 これが終わればしばらくは修理をしなくても良さそうなほど蓄えがあるので、勉強に没頭出来そうだ。
 そしていよいよパーティーの余興の時間がやって来た。
 パーティー会場の明かりが消され、私の操作で夜空が浮かび上がった。
 客からは溜め息がこぼれ、私はどこか誇らしい気持ちになる。
 再び照明が点くと、会場では拍手が沸き起こった。
「いやぁ、素晴らしい見世物だった。作り物とは思えなかったよ」
「ホントねぇ。とてもロマンチックだったわ」
 客が私と投影機の周囲に集まって賞賛してくれる。
 私は照れて頭を掻くことしか出来なかった。
「本当に地球が存在していたかのようだった」
「架空の星もなかなか良いものね」
 えっ?
「あなたフィクション作家の才能があるんじゃない」
 ……この人たち。地球を信じていないんだ。
 どっぷりと地球の知識に浸っていた私にとってはショックな出来事だった。
「ち、地球は存在します!」
 思わず張り上げた声に客たちは一瞬沈黙し……、次の瞬間には爆笑の渦が巻き起こった。
 どんなに説明しても笑いを静めることが出来ない。
 そればかりか「しつこいぞ」と怒り出す者まで居た。
 私は耳をふさいで会場をあとにした。
 一刻も早くライブラリに戻りたかった。
 エルと地球について語り合いたかった。
 自宅に戻ると水を飲んで気分を落ち着けた。
 そして転移するために球体に手を置こうとした時、ふと、机の隅に置かれたものが目に留まった。
 そうか、彼らを信じさせるには証拠を見せればいいんだ。
 私はソレを手に取るとポケットに突っ込んだ。

 書架から本を抜き出すといつものように机に座る。
 そして広げた本を覆うように体を傾けた。
 ポケットから取り出しのは小型の撮影装置だ。
 私はライブラリの本を記録してみんなに見せることを思いついていた。
 本に向かってスイッチを押す。
 カチッ カチッ
 あれ? 撮影装置は光を発せず、内部の機械が作動した音も聞こえなかった。
「無駄ですよ」
 エルの声に私の心臓が跳ね上がる。
「転移装置の磁場の影響で、電子機器は壊れてしまいますから」
「あ……、そうなのね……」
 私はがっくりとうな垂れた。
「でも感心しませんね。カメラにせよメモにせよ、記録を取ることは禁止していたはずです」
「ごめんなさい……。でも他のみんなにも地球が存在することを伝えたかったの」
「たとえ写真を見せられたとしても、それが虚構でないことを説明出来るのですか?」
 私ははっと気がついた。
「……そうか。そうよね、惑星の衛星軌道上にある図書館なんて、それこそ誰も信じないわ」
「あなたにしては浅はかでしたね」
 エルの言葉に私はうつむくことしか出来なかった。
「ねぇ、ここに他の誰かを連れて来たら駄目なの?」
「駄目です。選ばれたあなた以外の人間を連れ込むのは許されません。まぁ、プローブに登録されていない人間は転移不可能ですが」
「どうして?」
 私は天井を見上げる。
「どうして、そこまで秘密に徹するの?」
「ノノ……」
 エルの溜め息が聞こえて来そうだった。
「知識は、それを受け止められない者が得ても何の価値にもならないのです。それに、そういう人間ほど異端として過ぎた知識を弾圧しかねません」
 エルは子供を諭すように言葉を続ける。
「私はあなたに――いえ、たまたまあなただったわけですが――その器があるかどうか試験を施しました。プローブの修理がそれです。未知なるものを推測し、知識を生かして、活路を開けるかどうか」
「プローブはその適任者を探すためにあったってわけ?」
「ええ、そしてあなたは見事試験に合格した。私はノノが、地球の知識を受け止め、活用し、未来を切り開く素質があると認めたのです」
「でも、知識を得るだけじゃ未来なんて開かれないわ」
「そうね。そろそろあなたにはこのライブラリの存在理由を伝えてもいいかもしれません」
「存在理由?」
「ええ、ここで知識を得たあなたには、いずれ地球に向かって貰います」
 えっ? 向かう? 地球……に?
「えええっ!?」
 私は仰天のあまり椅子から転げ落ちそうになった。
「ち、ちちち地球に行くですって!」
「ええ、隠匿された地球の場所を示す地図……宇宙図がインプットされた宇宙船もこのライブラリには併設されています」
 私の心臓は、恋をしたかってくらいドキドキと高鳴っていた。
 伝説の地球に行けるなんて……。
 夢じゃないよね?
 頬をつねると確かに痛かった。
 夢じゃない!
「千年前、地球は人類自らの手によって住めないほどに汚染されてしまいました。そして文明も手放すはめになった。過ちに気づいた人類は、他の惑星で一からやり直すことにしたのです。しかし、地球は放棄されたわけではありません。その存在場所は隠され、残された科学の力で密かに再生がおこなわれているのです」
「それじゃあ、私が地球に向かう理由は……」
「地球の再生を促進するためです。この惑星だけじゃなく、他の惑星からも適任者が選ばれ送られているはずです」
「それがこのライブラリの存在理由……」
 夢じゃないと分っても、私は夢見心地の気分で居る。
「あなたがやらなければならないのは知識の伝導ではありません。活用です。だから周囲にわずらわされることなく、学習に打ち込んで欲しいのです」
「分かったわエル。私が間違っていた。私は必ず地球を再生してみせる!」
 こうして私は地球という目標を得て、より一層勉学に励んだ。

 それから三年の月日が経過した。
 私の脳には、ライブラリ所蔵の、地球に関する知識がすべてインプットされていた。
 宇宙船の狭い座席に腰をかけ、今までのことを思い返す。
 憶えても憶えても片付かないライブラリの蔵書を前に、時には挫折しそうなこともあった。
 それでも困難を乗り越え、私はついにライブラリを卒業し、地球へと旅立つのだ。
「ノノ、あなたに伝えるべきことはすべて伝えました。あとはその知識を、地球で大いに振るってください」
「ありがとうエル。あなたが居たからこそ私はここまでたどり着けたわ。感謝しても感謝し切れないよ」
「私は己の使命をまっとうしただけです」
 そしてついに出発の時刻となる。
 宇宙船はほぼ自動操縦なので、あとは細かな調整に気を配ればよかった。
 調整を終えると、私は座席に深々と座り直す。
「ノノ、あなたとの生活は楽しかったわ」
 いつになく感傷的なエルの言葉に私は思わず涙ぐんだ。
「私もよ、エル」
「いってらっしゃい……」
「行って来ます!」
 ごしごしと涙を拭う。
 泣いてなんかいられない。私がやるべきことはこれからが本番なんだから。
 宇宙船がゆっくりとライブラリから離岸する。
 私はそこで初めて、ライブラリの外観を見ることが出来た。
 その鉄アレイのような形を目に焼き付ける。
 もうエルからの通信はない。エルはきっと次の適任者選びに入るのだろう。
 私はライブラリに向かってそっとつぶやく。
「さようなら、L-3024」
 その言葉を残し、宇宙船は地球へ向かって加速した。

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