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文章作品

サンプル掌編:インスタントリプレイヤー

 僕には三分間だけ時間を跳躍する能力がある。
 未来へはいけない。跳べるのは過去にのみだ。連続して跳躍し続ければ恐らく無限にさかのぼることができるんじゃないかと思うけれども、多分僕が生まれる前には戻れない。僕の能力は「タイムリープ」であって「タイムトラベル」じゃない。僕は意識だけで時間を跳ぶのだ。

 この能力の使いどころといえば……たとえばテレビのいいシーンを見逃した時に戻ってみたり、忘れ物をした時に戻ってみたりなんかして。たかが三分の時間遡行でできることなんてそれくらい。
 たとえば目の前で事故が起こって、それで犠牲になった誰かを助けるとか……そんなドラマチックな能力の使い方をしてみたいものだと思う。大体、何でこんな能力ができたんだろう。
 詳しくは忘れてしまったけど、三年前くらいのことだった。酷い悪夢を見た朝、僕は近所の神社に走っていったのだ。鈴をうるさいぐらいに鳴らしてお願いをした。
 ――神様、お願いします。あと三分早ければ。あと三分早ければ助けられたんだ!
 その後からだったと思う。この妙な能力があることに気づいたのは。失敗した、やり直したい。そう思った瞬間に、僕は時間を三分飛び越える。
 あの日の夢の内容は、今も思い出せないまま。誰を助けようとして? 何から? 誰から?
 両親、妹、友達? 僕はあの夢の中で誰を助けたかった?
「あ、帰り道、一緒なんだ。珍しいね」
 考え事をしていたら、突然声をかけられた。あせって顔を上げる。隣のクラスのSさんだった。いつも教室の隅で本を読んでいる、大人しい子。だけど僕は同じ図書委員をやっていたこともあって少し親しくて、たまに話す。僕は彼女に恋をしていた。
「うん、そうなんだ。欲しい漫画があって」
「そうなんだ。私もなの」
 普段は帰り道が真逆だからこんなチャンスは滅多にない。
 そこで、僕は首を傾げた。あれ、前にもこんなことがあったような。
「あ、信号変わったよ」
 横断歩道の信号が青に変わる。彼女は僕より少し前を歩いて、この後……。
 クラクションの音が鳴る。ああ、これはつまり、そういう。

 三分前に意識が戻る。彼女と合流したばかりで、横断歩道はまだ向こう。
「あの、さ。本屋に行く前に、寄って行かない?」
 僕は斜め向かいのハンバーガーショップを指さす。
「……そうしよっか」
 少し嬉しそうに、彼女が頷く。……そこの信号機は壊れていて、何でこんな偶然ばかり?

 更に三分前。まだ学校を出たばかり。彼女に会う前に帰ってしまえば。
「あ、珍しいね」
 どうして、ここで声をかけてくる? 行動を変えたから? これも違う。

 急にあの日見た夢を思い出した。違う、夢じゃなかったんだ。あの日のことは現実におきていた。僕はあの瞬間を消そうとこの三分を何度も使って、使った末に気が付いた。三分じゃどうにもならない。もっともっと、はるかに前から変えなくちゃいけなかった。時間を跳びすぎて忘れるくらいに。
 ああ、僕はもう大丈夫だ。何の後悔もない。
 たとえあの日僕の心に刻まれた挫折と一緒に、僕自身が消えてしまったとしても。
 僕のこの能力はこの時のためにあったんだ。
 僕は彼女と本屋に向かう。

 たとえば目の前で事故が起こって、それで犠牲になった誰かを助けるとか……そんなドラマチックな能力の使い方をしてみたい。
 ほら、今度はちゃんと間に合った。突きとばした君の身体が跳ねる。僕が今までずっとたどり着けなかった、君が無事に暮らせている未来に。

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